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■□□■

 夕方の生徒会室。

 今、そこには二人しかいない。

「え・・・。本当に・・・?」

 松野は驚きのあまり目を見開いてしまった。

―――俺のモノになってくれる?

 それは松野がいつも言っている言葉だった。

 しかし、その答えはいつも返ってこない。それなのに・・・。

 それなのに、今、生田は頷いたのだ。

 松野は嬉しさに胸に掌を置いた。

 いつにも増して鼓動が速い。

「・・・なんて、俺が素直に頷くとでも思ってるのか?」

 え、と思う間もなく、生田の両頬を覆っていた腕を叩き落とされた。

 音がなるほど強く叩かれた腕がジンジンと痛む。

 しかし、それよりも気になるのは・・・。

「え、ちょ・・・っ。今の嘘!?」

 呆然として生田を見詰める松野を、生田は冷たい目で見返した。

 ちょっと考えればすぐわかることだった。

 今まで苦労しても全然応えなかった生田が、こんなに素直に頷くわけがない。

 一気に沈んだ松野は溜息を吐いた。

「・・・好きなんだけど」

 そう呟いた松野だったが、返事は別に期待していなかった。

 予想通り生田は何も言わない。

 それどころか無言のまま生徒会室から出て行ってしまった。

 それを見送った松野は再び溜息をついた。

 何度か口にしている科白。その度、生田は何も言わずに松野の前から去っていく。

「・・・バカ」

 思えば生田に会ってからこんなことの繰り返しだった気がする。

 生田と松野が出会ったのは高校1年の春。

 松野は入学式に遅れそうで慌てて自転車をこいでいたのだが、途中で同じ制服で身を包んだ男を見つけた。

 同じ制服ということは、同じ学校ということである。

 ということは、その男も遅刻寸前ということ。

 しかし、男は急ごうともせずにゆっくりと歩いていた。

 自転車をこぐのに忙しいはずなのに、松野はその男が気になって仕方がなかった。

 そして、男の横を通る時、ふと男が顔を向けた。

 目が合ったのは一瞬で、松野は自転車に乗っていたので男が松野の顔をきちんと見れたかは解からない。

 しかし、松野はその時の男をきちんと認識することができたのだ。

 綺麗な男だと思った。

 それ以外は何も思わなかったはずだった。

 やっとの思いで学校へついた頃、入学式は始まっていた。

 体育館へ入っていったとき、強面の教師に「あとで職員室まできなさい」とまでいわれた。

 悪いのは遅れてきた自分なのでそれは仕方がなかったのだが・・・。

 遅れてきた分際で列の中には並べず、松野は連れられていったクラスの最期に並ばされた。

 しかし、背が低い方ではない松野には特に問題もなかった。

 入学式は松野がいなくても始まったように、松野が現れても中断されることなく進んでいく。

 ぼーと男子生徒たちのあたまを眺めていた松野は、ふと妙に見覚えのある姿を目に捉えた。

 やけに気になってずっと見詰めていると、不意にその頭が横を向くのが見えた。

「―――っ」

 松野は危ないところで口許を手で押さえる。もう少し遅かったら叫んでいただろう。

 横顔しか見えなかったが、そこにいたのは明らかにさっきすれ違った男だったのだ。

 どう考えてもおかしい。

 自転車で横を通り過ぎていった松野でさえ遅刻したのに、余裕をぶっこいて歩いていた男が平然とした顔で列に並んでいる。

 松野はその日からその男が気になって仕方がなかった。

 その男は生田透司といった。

 生田は気にすればするほど解からない男だった。

 勝手に授業をサボる不真面目な奴だと思えば生徒会に入ったりする。

 成績優秀でスポーツ抜群かと思えば不純同性交遊にふける・・・。

 きっと自分ほど生田のことを知る奴はそんなにいないだろうと自信がもてるほど生田という人物を調べ上げた。

 気がついた時にはもう頭の中は生田のことだけだった。

 お互い喋りだすきっかけになったのは生田から話し掛けてきたんだ。

 それは突然のことだった。

 全然いつもと変わらない日常。違っていたのは生田が松野を初めて見たこと。

「どうしていつも俺を見てるんだ?」

 初めて話した時、これでもかというくらい心が騒いだ。

 それと同時になんて言えばいいのか解からなかった。

 正直にいうのなら、生田が気になるから。

 しかし、ほとんど初対面の人にこんなことを言ってもいいのだろうか。

 なんて言えばいいのだろう・・・。

「・・・好き、だから・・・」

 自然と口から出てしまった。

 そのとき思ったのは、俺は生田が好きだったのか・・・?、ということ。

 生田はそのまま表情も変えずに歩いていってしまった。

 何も、一言もなかった。

 ショックで目を伏せたがもう後戻りは出来なかった。

 その日から松野は生田を追っていた。

 今も松野は生田を気になったままだ。

 思えばあの入学式の日、すれ違ったあの時。

 あの瞬間から・・・。

■□2□■

 家に帰った松野は、自室に入った瞬間眉を顰めた。

「・・・また来たの?」

 心底嫌そうにいった松野は、その表情を隠そうともせず溜息をついた。

「なんだよー。別にいいだろー?」

 ベッドに寝転がってそこらへんにあった雑誌を勝手に手にしているのは松野の従兄弟の暁生だ。

 一個上の暁生はヒマになると松野の家にきては何もしないで帰っていく。

「・・・もう帰れよ」

 今日も何回目になるか解からない告白を無下にかわされたのだ。

 そんな日に暁生の相手はしていられなかった。

 だいたい今年大学受験だというのにこんなに暢気でいいのだろうか。

「孝治くーん・・・。そんなこと言っていいのかなー?」

 暁生の手に見えるのは松野の見慣れた写真立てだった。

 舌打ちをした松野は素早くそれを奪い返すと暁生を睨みつけた。

 ニヤニヤと笑う暁生に、睨み付けるのは効果がないと思った松野は視線をそらすと写真立てを元にあったところに置いた。

「まだ好きなのか?」

 暁生の顔は未だ笑っているのだろう。

「健気だねェ、お前も」

 段々腹が立ってきた松野は、まだ何か言っている暁生を無視することに決める。

 写真立てを覗き込むと、そこには先ほどまで一緒にいた冷たい顔が映っていた。

 生田は松野の顔を見るとこういう顔しかしてくれない。

 それでもいいのだ。

 それでも、絶対に振り向かせてみせる。

 あの日、そう決めたのだ。

 翌日、松野は懲りずに生徒会室へ訪れていた。

 最近生徒会長が遅いおたふく風邪にかかったらしく、生田がその代わりをつとめている所為で生田は忙しいらしい。

 その所為か、今生徒会室には生田はいない。おおかた職員室にでも行っているのだろう。

 松野は生田を待つ間、椅子に座って並んで座っている智早とハジメを眺めていることにした。

 ハジメとは目があうと挨拶くらいはする仲だったが、智早とはやはり折り合いがよくない。

 別にハジメを取ろうとしているわけでもないのに、松野がハジメに近付くと智早はあからさまに嫌そうな顔をする。

 きっと一度でもハジメの口唇を奪ったことを根に持っているのだろう、と松野は考えていた。

 なんて心の狭い奴なんだ、と思った松野だったが、反対に智早が生田とそういうことをした・・・とハジメから聞いたときには殴りたいくらい頭にきていたのだ。

 松野も人のことは言えなかった。

 しかし、何故か今日の智早の態度がおかしい。

 松野が生徒会室に入った瞬間から、やたらと愛想がよすぎる。

「・・・気持ち悪いな・・。何か用?」

 智早の近くには行きたくないが1人だけ離れているのも寂しいのでハジメの向かいに座った松野は、斜め前からの視線が気になって仕方がなかった。

「・・・別に?」

 そう言った智早だが、顔は笑っていた。

 ・・・おかしい。

「言いたいことがあるならはっきりと言ったら?」

 苛ついてきた松野は目尻を吊り上げて智早を睨みつける。

 はっきりいって松野は智早が嫌いだった。

 小さい頃からの仲だからといって、生田は智早に随分甘い。

 二人がいかがわしい行為をしていたのも知っている。

「お前さぁ、透司のことが好きなんだって?」

 笑いを含んでいった智早に、思わず眉を顰めた。

 何で知ってるんだ?、と思った瞬間、松野はハジメに視線を向けた。

 ハジメは懸命に電卓を打っていたが、話を聞いていたのか少しだけ口許が引き攣っていた。

 きっと口止めをしつつ智早に話したのだろう。

 しかし、智早に口止めなど意味もない。

「・・・だったら?」

 このままハジメを責めるのも可哀相なので、仕方なく肯定することにした。

 松野なりにハジメのことは気にいっているのだ。

「協力してやるよ」

 その言葉を聞いた瞬間松野の頭にハテナが浮かんだ。

 それもそのはずである。

 あんなに松野を嫌っていたのに、今では目の前で笑顔を振り撒いている。

「・・・別にいい」

 何を企んでいるのか解からないので、とりあえず松野は遠慮しておくことにした。

「えー? なんだよ。俺が協力してやるっつってんだぜ?」

 顔を顰めて言う智早に、松野は口許を引き攣らせた。

 なんて偉そうに言うんだ、コイツは。

「・・・いいよ、別に。お前なんか必要じゃない」

 松野のこの言葉には智早もピキッと来たようだった。

 あきらかに目元がヒクヒクとしている。

 しかし、智早の意図が解からないのだ。このまま受けて後悔するよりはずっといいだろう。

 そのとき、ハジメが二人を見遣って困っていることに気がついた。

 どっちの味方もできずにいるのだろう。

「・・・麻生はなんで協力しようなんて思ったわけ?」

 ハジメが泣きそうだったので、松野は仕方がなく話をふることにした。

 しっかり顔はそっぽを向かせて。

 それを聞いた智早は、単純にも笑顔になった。

「だってさぁ、お前と透司がくっつけばお前がハジメちゃんに手ェだす心配もなくなるだろ?」

 ニコニコと笑って言う智早に、松野は呆れた視線を向けた。

 なんだって智早は、松野が生田を好きだと聞いてもハジメに手を出す、と思っているのかが解からない。

「それにさ、透司のあの態度は絶対に脈アリだと思うんだよなぁ」

 コイツの言葉はイマイチ信用できない気がする・・・。

 ホントかよ・・・と思いながらも嬉しく思ってしまった自分に、単純だ、と沈んでしまった。

 その時、不意に生徒会室の扉が開いた。

「お前らいつの間に『仲良し』になったんだよ」

 生田は眉を顰めて二人を見ていた。

 声は聞こえていないみたいだったが、話していた雰囲気は読み取れたらしい。

「・・・別に仲良くなんてなってない」

 松野と智早の声が合わさった。

 意思の疎通ができたのも、これが最初で最期だろう。

■□3□■

 家に帰った松野は、そこにいる人物を見て眉を顰めた。

「・・・また来たの?」

 嫌がられているのが解かっているくせに暁生は懲りずに何度も来る。

「いいだろぉー? そんな邪険にすんなよー」

 ニヤニヤと笑いながら松野を眺める暁生に、松野はますます眉間に皺をよせるがもう何も言わなかった。

 暁生に何を言っても同じだ。

「なぁ、ひとつ気になることがあるんだけどさぁ」

 上目遣い気味に松野を見あげてくる暁生に、松野は、何だよ、というように視線を向けた。

 いつの間に取ったのか、暁生は生田の写真を持ってニヤニヤと笑っていった。

「写真のコイツとお前、エッチの時どっちがどっちなんだ?」

 瞬間に頬が真っ赤に染まったのが自分でも解かってしまった。

 きっとその反応さえ面白がられているのだろうが、自分の意志で止まるものでもなく・・・。

「そ、そんなの・・・っ!! 透司はいつもタチばっかりだし・・・っ!!」

 言ってからハッと気付く。何故こんなことを暁生に話しているのか?

「あ、暁生には関係ないんだからほっとけよっ!!」

 暁生をキッと睨みつけた松野だったが、未だ紅いままの頬の所為でその効果は薄れている。

 仕方がないのだ。何の免疫もないのだから。

 今まで恋といった恋はしなかった。

 望みの高校だって、入った瞬間に生田に惚れてしまったのだ。

 ふーん・・・と呟く声が聞こえて振り返った松野は、そこに値踏みをするような暁生の視線に目元を引き攣らせた。

「な、何・・・」

「――でも、お前も見ようによっては可愛いかもな」

 自分よりも小柄な暁生に可愛いなどと言って貰いたくはなかった。

 しかし、問題はそこかもしれない。

 松野は生田のそういう相手の対象になるのだろうか・・・?

 身長にして言えば、多少松野の方が小さいが生田と松野はそれほど変わらないのだ。

 気になってはいたものの、はっきりと言われたことがないので守備外ではないのかもしれない、と松野は思うようにしている。

「性格とかもさぁ、こんなナリしてんのに全然ウブだしさぁ」

 ビクリと躯が揺れた。

「やめ・・・っ」

 いつの間にか背後に立っていた暁生にズボンの上から股間を撫で擦られたのだ。

 腕を払い落とすまでもなく素早く離れていったそれに、松野は憤りを隠せずに暁生を睨みつける。

 ―――が。

「な?」

 口唇の端を吊り上げて笑う暁生に、松野は口唇を噛む。

 紅潮した頬を指摘されたのだ。

 紅くなったままで、うー・・・と唸る松野に暁生の笑みはますます深くなっていく。

「・・・けど、孝治が抱かれてもいい・・・って思うほどの男なんだ?」

 松野から離れた暁生はもと居たソファに身を据えると写真立てをマジマジと眺めていた。

 暁生の言葉に頭を傾げた松野だったが、次の言葉に躯が止まった。

「・・・俺も抱かれてみたいなー・・・なんて、ね」

 目を細めて言う暁生に、溜息を吐いて目をそらした。

 暁生がこんなことを言い出すのは生田が初めてではなかった。

 ある時にはブラウン管の中の芸能人に。ある時には近所のお兄さんに。

 ただ、松野の知り合いを持ち出すことはなかったが。

 いつも暁生のこと言葉が実現されることがなかったことを知っている松野は、このあと起きる事など全く考えるよしもなかった。

 あと少しで帰りのSTが始まるという時に、松野は学校では見慣れない人物を見かけた。

「暁生!?」

 考えもしない所で暁生と会った松野は慌てて暁生に走りよった。

 何故他校生の暁生が校舎の中にいるのか。

「何で・・・」

 呆然として暁生を見ている松野に、暁生は微笑を浮かべると鞄の中を探り出した。

 探してたんだよ〜と言いながら松野が取り出した物は・・・。

「んー? コレ、お前の忘れ物。今日使うんだろ?」

 暁生が持っているのは40センチくらいの袋。中には体操着が入っているはずだ。

「・・・使わないけど」

 別に今日は体育のある日ではなかった。

「あれ? 使わないの? 机の上に乗ってたから、てっきり今日使うもんだと思ったんだけどなぁ・・・」

 確かに机に乗せてあった。しかし、だからといって普通届けにくるだろうか・・・?

「あ・・・と。わざわざゴメン。ありがとう・・・」

 それでも自分の為に届けに来てくれたのである。

 きっと暇な時に見つけてしまったのだろう、と思うことにした。

「・・・で?」

「・・・は?」

 声を潜めるように顔を寄せて話す暁生に、松野は間の抜けた声を出す。

「バカ。あれだよ。愛しの透司くんは何処だよ」

 一瞬何を言われたのか解からなかった。

 だいたい暁生と生田は何の関わりもないのだから。

「何処・・・て・・」

 今の時間なら生徒会室にいるんじゃないか・・・?

「オッケ。生徒会室、ね」

 後ろ向きに手を振りながら応える暁生に不安を覚えた松野はその後を追おうとしたのだが、その瞬間にクラスメートに呼び止められて仕方なく教室へ戻っていった。

 きっと大丈夫だ。何もあるはずがない。

 だいたい生徒会室にはハジメや智早だっているんだから。

 暁生を追うのを諦めて、松野は教室へ入っていく。

 その光景を無表情で見詰める視線があった。

 一部始終を遠くで生田が見ていたことは、松野の知らないことだった。 

■□4□■

 STも終わって、生徒会室へ向かっていた松野は途中で智早と出くわした。

 智早も松野に気付いたらしく、目が合ったが直ぐにそらされる。

「・・・珍しいね。お前が坂遠と一緒じゃないなんて」

 行くところは同じなので、仕方なく横を並ぶ。

「・・・ほしゅー・・・・・・」

 心底嫌そうに呟く智早に、松野はフンと鼻で笑うように智早を見た。

「普段から真面目に授業を受けていないからだ。バカめ」

 流石にムッとしたようだった智早だが、補習で力を使い果たしたのか反論してきたりはしなかった。

 少しだけ詰まらないな・・・などと思ってしまったが、それはなかったことにしよう。

 生徒会室の前に立ち、その扉に手をかけた。

「――っ!!」

 開けた瞬間、目を見開いて硬直する。

 止まってしまった松野に、変に思った智早も中を覗き込んだ瞬間息を呑んだ。

 最初に映ったのはオロオロとしているハジメ。

 松野を見た瞬間、泣きそうな顔になったのは見間違いでは決してないだろう。

 そして、次に見たものは・・・。

「な・・・し・・て・・・」

 上手く言葉が出てこない。

 今、目の前には生田が居た。

 しかし、いるのは生田だけではない。

 その膝の上に乗っている暁生を覗き込むようにして顔をかぶせていた。

 ふと生田がこちらを見た気がした。

 その隙に二人の口唇が深く触れ合っているのがしっかり見えてしまう。

「・・・透司、いい加減にしておけよ」

 固まったまま動かない松野をすり抜けて生徒会室に入った智早は、頭を掻きながら生田に声をかける。

 その声でハッと我に返った松野は、口唇を噛み締めると一直線に生田へと脚を向けた。

「松野さん・・・っ」

 ハジメの制止する声が聞こえたが、そんなのは関係なかった。

 未だに生田の上を陣取っている暁生を力任せに退かした松野は、生田を真正面から睨みつけた。

 怖いな、もう〜・・・、と暁生が呟くが、もう松野には周りの声は聞こえていない。

「・・・何だよ」

 松野の視線から目をそらすことはしなかった。

 そんな生田が余計に憎くなってくる。

 少しくらい恨みがましくなってしまうのは仕方がないだろう。

「・・・俺にはキスもしてくれないくせに」

「・・・してるだろ?」

「俺が勝手にしてるだけじゃんっ!!」

 近寄るのもいつも松野からだった。

 奪うようなキスだって生田は嫌がるばかりなのに。

「・・・知ってる? コイツ、俺の従兄弟なんだよ?」

 握った拳に力が入る。

 いつの間にか顔は伏せていた。

 ・・・生田を正視できない。

「知ってたさ」

 口唇を噛み締めた松野は、滲む視界の中、なんとか扉を探り当てると静かに生徒会室をあとにした。

 一度も生田を見ることは・・・なかった。

 パタンと言う音がやけに大きく響く。

 しばらく沈黙が続くがそれも長くはもたなかった。

「なんでこんなことするんですか!?」

 ハジメが詰め寄るように生田を見遣る。

 生田は扉に視線を合わせたままで口を開けた。

「・・・俺は『こんなこと』をする男な・・」

「違いますっ!!」

 生田の言葉を遮ったハジメの目には涙が溜まっていた。

「・・・何で・・・何で松野さんに見せつけるようなことをするんですか・・・」

 沈んだその声に、生田は何も言わなかった。

 ・・・言えないのかもしれない。

「・・・違うよハジメちゃん。コイツは本当に見せ付けてるんだ。アイツ、松野に・・・」

 え?、とハジメが顔を上げると、智早はしかめっ面で生田を見詰めていた。

「・・・だろ?」

「・・・・・・」

 扉から目を離した生田は、無言で智早を見ようともしない。

 そんな生田に焦れたのか、智早は少しだけ声を大きくした。

「けど、そんなことして何になるんだよ・・・っ」

 それでも生田は何も言わない。

「・・・付き合う気がないなら・・はっきりと振ってやれよ」

 そのとき微かに生田の手が動いた。

 ほんの少しの動きだったが、僅かに力が入ったらしい拳はきつく握られている。

 そのまましばらく時間が流れた。

「・・・くそ・・っ!!」

 生田は突然舌打ちをすると強く机を叩き、たちあがって生徒会室を横切っていく。

 松野のことになるといつもこうだった。

 無関心を通して松野を傷付け、そのくせその反応に苛立つ。

 ―――悪循環だ。

 扉を開け放ち、長い廊下を走る。

 その先に、松野の後姿を見つけた・・・。

 背後から突然肩を掴れた松野は、驚いて後ろを振り返った。

 その目は今にも泣きそうで、生田の口許を歪ませる。

「え・・・? 透司・・?」

 思っても見ない生田の出現に、松野は驚愕のあまり指をさしてしまう。

 まさか生田が追ってくるとは思いもしなかったのだ。

「・・・あるのか?」

 肩で息をしている生田に何か言われたが、最初の方は何を言っているのか上手く聞き取ることが出来なかった。

「・・・え・・?」

 追いかけてもらえて嬉しいはずなのに、あまりのことに戸惑いの方が大きい。

 松野は当惑の眼差しで生田を見詰めた。

「だから・・・。お前、俺に抱かれる気はあるのか?」

 何を言われているのか解からなかった。

 抱かれる、という意味くらいは解かっているつもりだ。

 しかし、何故ここで生田が・・・?

「・・・俺は、抱かれる気なんか無いぞ」

 未だ掴れたままの肩から生田の体温が伝わってくる。

 脈絡もない生田の言葉に、どういえばいいのか解からない。

 ・・・解からないのに。

「・・・抱かれることくらい、できる」

 気がついたら答えていた。

 しばらくそのままで視線を絡ませていた。

 いや、生田が松野を見詰めていたのだ。

 それを松野が見詰め返す。

 結局は見詰め合っていたのだった。

「・・・いいぜ。来いよ」

 不意に口を開けた生田に、松野はハッと我に返り引き摺られるようにして歩き出した。

 いつの間にか手を引かれていることに気付き頬を染める松野だったが、いったい何処へ連れて行く気なのかと生田の後姿を見詰める。

 今までとは違う様子の生田に、松野は握られた手に力を込めた。

■□5□■

 松野は辺りをキョロキョロと見渡していた。

 車の行き来の激しい往来の横にいくつも建てられた高層マンション。

 その中の一つに生田はどんどん入っていく。

 あのあと、生田に手を引かれながら教室に戻り鞄を取りにいったのだが、その間も生田は何も話さなかった。

 訳も解からずにその後を付いて行った松野は、ある扉の前に立った生田の手元を見て目を張った。

 生田のその手には鍵が握られていた。

「こ、ここ、お前の家?」

 見るからに高そうな部屋。

 驚いている松野に、生田は目をチラリと向けるだけだった。

 まるでバカにされたようで、松野は口許を引き攣らせたが今の状況を思い出してキュッと口唇を引き締める。

 今からこの部屋で抱かれるのかもしれない。

 生田が見かけほどスクエアではないことは知っている。

 だから、松野を相手にするほど性的に困っている訳ではない。

 松野を抱く理由があるとすれば・・・。

 思わず期待してしまう自分がいた。しかし、それも当たり前である。

 あんな必死な顔で追ってきてくれたのは初めてだった。

 だから・・・。

―――俺に抱かれる気はあるのか?

 本当は怖い。

 抱かれるのはおろか、抱くことさえしたことが無いのである。

 しかし、あの場面で拒んだりしたら、二度とそんなこともない気がして・・・。

 だから、怖い気持ちを押し隠してここまで来たのだ。

「・・・入れよ」

 いつの間にか、鍵を開けた生田がこちらを窺っていた。

「あ、うん」

 竦む躯を叱咤しながら部屋に上がる。

 どんどんと進んでいく生田のあとを追って入っていくと、そこは広いリビングのようだった。

 ・・・本当にでかいなこの部屋は・・・。

 見渡すほどに大きい部屋にはテレビとソファしかない。

 呆然と立っている松野に、生田の冷静な声がかかる。

「荷物、適当に置けよ」

 生田の冷たい声。

 慣れてはいるが、つい先ほどの生田と比べてしまう。

 松野を追ってきた生田と・・・。

 ハッとした松野は身近にあったソファに隅に鞄を置くことにした。

 自分もソファに座ろうとした瞬間、後ろからガッと肩を掴れた。

「お前はこっちじゃない」

 疑問に思う間もなく、引き摺られるように歩かされた松野は、一つの扉の向こうに放り込まれるように入らされ、よろけながらも体勢を整えようとする。

 ―――が、突然の後ろから抱擁に、松野の躯は固まってしまった。

「と、透司?」

 完全に裏返った声で生田を呼ぶが、生田は松野の首筋に顔を埋めたまま返答をしようとしない。

 焦った松野は何とか後ろを振り返ろうとするのだが、それを巧みに防ぐ生田の所為でそれもままならない。

 その時、ふと顔を上げた先に松野は目を奪われた。

 大きなベッドが松野の視界を占領する。

「・・・見えるか? お前は今からあのベッドで俺に抱かれるんだ」

 その声にビクリと躯が揺れる。

 頬が紅潮していくのが自分でも解かっていた。

 しかし、覚悟してここまで来たのだ。

 今更後悔はしない。

 松野は口に溜まっていた唾液を嚥下すると、コクンと頷いて松野を抱く生田の腕を強く握り締めた。

「・・・お前も馬鹿だな・・」

 小さく呟かれたその声に、松野が聞き返そうとした瞬間、何かを引き千切るような音が部屋中に響く。

 無理に離された学ランのファスナー。剥き出しになった白いシャツ。

 松野は呆然として床を眺めたまま身動きさえ取れなかった。

 しかし、生田の指がシャツの釦さえも飛ばそうとしていることに気付き、慌てて松野はその腕から逃れるように身を捩った。

「・・・大人しくしてろ」

 怒鳴られたわけでもないのに、松野はその低い声に驚いて躯を竦ませる。

 躯が震えるのとあわせて口唇さえも震えてきた。

 その反応に苛ついてか、生田は舌打ちをすると松野を力任せに引き寄せてベッドの上に押し倒した。

「や・・・っ」

 自分でも驚くほどか細い声。

 それでも松野は縋りつくように生田を見詰めた。

 しかし、そこにあったのは無表情で松野を見る生田の顔であった。

「今ごろ、先輩たち上手くいってるといいいですよねぇ」

 笑いながら書類を穴パンチであけていくハジメ。

 生田が松野を追いかけて行ってから30分過ぎただろうか。

 あれからハジメと智早は、未だ生徒会室に残っていた。

「・・・いってないだろ・・」

 呟くようにして言った智早の言葉に、ハジメは振り返った。

「え?」

 眉を顰めて智早は遠くを見るように窓の外を見詰めていた。

 表情の無い生田の顔を見ていたくなくて松野はずっと目を閉ざしていた。 

 松野の意思を無視して愛撫を施していく生田に、ガタガタと震える躯はどうしようもなかった。

 不意に忙しなく動いていた生田の腕が止まり、松野はそっと瞼を上げる。

 そこには期待した顔はなく、なおも無表情で見詰める生田がいた。

「・・・もういい。帰れよ」

 突然放り出され、松野は呆然として生田が離れていくのをただ見詰めていた。

「・・え・・・」

 やっと出た声も間が抜けていて言葉になっていない。

 チラリとも振り返らない生田は、傍にあった椅子に座ると愛煙の煙草を手にするとライターで火をつけ口へ運んでいた。

「透・・・」

「帰れ」

 顔も向けない生田にピシャリと言われ、松野は口唇を噛み締めた。

 脱げかかっているシャツの襟元を握り締める自分の指が震えていた。

「・・・何・・で・・・?」

 震える声でやっと言った言葉。

 それなのに生田は何も応えない。

「・・・っ。こ、今度はちゃんと・・・っ」

 それでも生田は何も応えない。

 口唇が震えているのが自分でも解かった。視界さえにじるんでいる。

「・・・って・・」

 だって、怖かったのだ。

 あんな生田は見たことがなかった。

「―――・・・っ」

 松野は目許を拭うと立ち上がり、学ランを手に部屋を飛び出した。

 慌しい足音と響くドアの音。

 それを聞きながら、生田は窓の外を眺めるように遠くを見つめる。

 煙草の煙だけが動いていた。

■□6□■

 扉を開けたら生田はいなかった。

「あ・・・透司は・・・」

 覚悟を決めて生徒会室の扉を開けた松野だったが、そこには生田の姿はなく、そこには智早が不貞腐れた顔で座っているだけだった。

「・・・ハジメちゃんとヨージ」

 不機嫌そうな声で言う智早に、きっとついていこうとしたら断られたのだろうということが解かる。

「あ・・・そう・・・」

 ガッカリしたような、ホッとしたような・・・。

 松野は少し複雑な気分だった。

 小さく溜息をついて気を取り直した松野は、智早と少し離れたところに座る。

 しかし・・・気まずい。

 今まで智早とこんな密室で二人っきりになるのは初めてではないだろうか。

「・・・気にすんなよ。昨日の」

 突然の智早の言葉に、松野は顔を上げると智早の顔を見詰めた。

 智早は松野をチラリとも見ないで頬杖をついている。

「・・・あれ、わざとだぜ」

 昨日というのは生田とのことをいっているのだろう。

「・・・解かってるよ」

 松野は握った拳に力が入っているのに気付いて溜息を吐く。

 あれが生田の本心ではないことは解かっていた。松野を遠ざける為にやったことは・・・。

 いや、あとから気がついたのだ。

 あの瞬間は恐怖でそれどころではなかった。

 今でも昨日の事を考えると躯が竦んでしまう。

 結局、生田は松野を受け入れるつもりなど、なかったのだ。

「・・・お前の口唇って柔らかそうだな」

 突然の智早の言葉に松野の返答は遅れた。

「・・・は・・?」

 智早を振り返ると何故か松野をジッと見詰めている。

 いや、松野の口唇を・・・だ。

「色っぺーかも・・・」

 不意に手を伸ばしてきた智早に驚いた松野は思わず椅子から転げ落ちてしまった。

 それでも手を伸ばしてくる智早に、松野は脚を振り上げたのだが簡単に捉えられてしまい、今度は腕を振り上げるのだがそれさえも無駄な抵抗だった。

「キス・・・しっちゃおっか・・・なぁー・・・」

 智早の薄っすらと笑っている顔が近付いてくる。

 抵抗しようにも腕は押さえられており、脚さえも動かない。顔をギリギリまでそらすのだが、それにも限界があった。

「やめ・・・っ」 

 息がかかるほど近付いたそのとき、不意に扉が開いた。

 二人してハッと扉を振り向くと、そこには見下ろしているハジメの姿が。

「・・・っ」

 最初は驚いた顔をして見ていたハジメだったが、次第にジワリと目が潤んできていた。

「ハ、ハジメちゃんっ!!これは・・・っ」

 智早が言い訳をしようとしたそのとき、ハジメは智早の制止も聞かずに走り去ってしまった。

 それを慌てて追いかける智早。おかげで身軽になった松野はゆっくりと起き上がると、その後に現れた姿に気まずげに目をそらした。

「・・・智早のアレはもう病気だな」

 笑うような生田の声。カッとなった松野は今までの気まずさなど何処かに吹き飛んだように生田を睨みつける。

「俺、お前のこと好きなんだけど」

 その声に、生田は眉を顰めたが見える。

「アイツにキスされそうになったんだよ?」

 だから何だと言いたげに松野を見る生田に、松野は生田が何か言う前に口をあけた。

「・・・今の見て、何とも思わないわけ?」

 話す声が段々と震えてきたのが自分でも解かっていた。

 生田にその気がなかろうと、松野は生田が好きなのだ。何があったって、それは変わらない。

 例え生田が受け入れる気などなくても、迷惑がられようとも諦められるものではない。

 しかし、生田から返って来た言葉は冷たいものだった。

「・・・何を思えって?」

 ハッとして生田を見た松野は、そこに無表情の顔を見て目を伏せた。

 昨日と同じに突き放そうとする生田。

 段々悔しくなってきた松野は口唇を噛み締めると再び生田を見詰める。

 生田はその視線に気付いておらず普段と変わらずに席につこうとしていた。

 その生田にツカツカと歩み寄った松野は生田の胸座をつかみ・・・。

「・・・っ」

 生田が目を見開いて松野を見る。松野はそれを薄めで見詰めていた。

「やめ・・・っ」

 噛み付くように口唇を寄せる松野に抗おうとするのだが、上手くいかずに生田はただ貪られるままだった。

 しかし、開いた口唇から入り込む松野の舌が触れたとき、生田は松野を思い切り引き離した。

 大人しくなった生田に油断していた松野は突然の抵抗に突き飛ばされ床に尻をつくことになる。

「何でお前はそうやって・・・っ」

 生田が口唇を噛んでいた。拳をきつく握り締め、何かに耐えるように目を閉じている。

 それを目の当たりにした松野は目を大きく開いて生田を見詰めていたが、やがて小さく笑った。

「・・・仕方ないデショ。俺は・・・透司が好きなんだから」

 松野の『好き』という言葉に反応した生田は、躯を一瞬だけビクつかせたが振り切るように生徒会室のドアノブを手にする。

 それを松野はただ眺めていた。

 いつも冷たい態度で軽くあしらわれていたのに今日は何故か違うと思ったから。

 ちょっとだけでも進歩したと思ったから。

 だから、また明日から少しずつ生田の中に入っていければ。

 しかし、生田はドアノブを握ったまま回そうとはしなかった。

 ずっと静止している生田に段々訝しげな表情になってきた松野は少しだけ生田に近付く。

「・・透司・・?」

「俺は・・・お前が怖かったよ」

 松野が呼びかけたのと生田が話し始めたのはほとんど同時だっただろう。

 松野は動かない後姿を見詰めながら、今きいた言葉を考えていた。

「え・・・?」

 生田の言葉がよく解からなかった。

「怖いんだよ。・・・俺の全部が松野一色になっちまうみたいで・・・」

 静かに言った生田の背中に触れようとした。

 今なら、触れてもいい気がしたのだ。

 しかし・・・。

「なのに・・・っ!!」

 ビクリと躯を揺らした。あまりの大きな声に驚いて思わず出しかけた手を戻す。

「なのに・・・お前はドカドカと俺の中に入ってくるし・・・っ!!」

 松野は混乱していた。

 今、もの凄いことを聞いた気がする。

「・・透司・・・?」

 小さく呼ぶと、生田が僅かに微笑んできたがしたのは気のせいではない・・・と思う。

「・・・初めから・・・入学式の時からやばかったんだ・・・」

 微動だにしない生田の背中をジッと見詰めながら、松野は自分の心臓が速く動いていることに気付く。

 当たり前だ。生田は今、自分と同じ時から自分のことを気にしていた・・・と口にしたのだから。

「・・・俺のに・・・なってくれる・・の・・・?」

 小さく言うのは自信がないから。

 しかし、何故か確信はあった。

 生田は笑って振り返ってくれる。

「・・・お前には負けたな」

 生田がどんな顔で言ったかは解からなかったが、そのあとに溜息をついた。笑ったような吐息で。

「透司・・・」

 振り返る生田を立ちすくみながら見詰めていた。

 ゆっくりと近付いてくる生田が滲んで揺れている。

 生田の腕が松野に触れたとき、言わずにはいられなかった。

「・・・好きだ・・」

 何度といった言葉。しかし、今はこれしか言えない。

「透司が好きだ・・・っ」

 生田の口唇が松野のそれに軽く触れる。

 生田からのキスは初めてだった。

 だから、嬉しすぎて同じ事ばかり繰り返して口に出した。

「・・・知ってるって」

 僅かに笑った吐息が頬を掠めた。

エピローグ

「落ちない自信はあったんだ」

 ベッドの中でそういった生田は、溜息まじりに松野を見た。

「落ちないって・・・一生俺に冷たい態度をとり続けたってこと?」

 松野は僅かに眉を吊り上げて生田を責めていた。

「まあな。やっぱ、俺は有利に立ちたい方だし?」

 生田は苦笑すると愛煙の煙草に手を伸ばす。

「有利って・・・。そんなの関係ないと思うけど」

 松野はブツブツといいながらも生田の手許をうっとりと見詰める。

 あの指先が昨日は自分の躯に触れていたかと思うと少しだけ照れくさかった。

 松野が見ているのに気付いていた生田だが、気付かない振りをして煙をふかす。

 実際、今までどんな恋愛をしても有利に立っていた。

 決して自分のペースは崩さない。

 だが、松野だけは違っていた。

「透司・・・。ちょっと小耳に挟んだことがあるんだけど・・・」

 生田を窺うようにして言い出した松野は、少しだけ言い難そう目を伏せていた。

 言ってみろよ、と促すと少し間を空けて松野が口をあける。

「・・・他の男と寝たって本当?」

 そのとき一瞬だけ生田の指先の動きが止まる。

 平然として何もなかったような振りをする生田だったが、松野はそれを見逃してはいなかった。

「本当だったんだ? 何で俺がいるのに他の奴と寝たりするわけ!?」

 ギンギンに睨みつける松野に、生田は冷めた視線を送る。

「・・・別に俺とお前は付き合っちゃいないだろ?」

 今度は松野の脚が止まった。

「え・・・。だ、だって昨日・・・っ」

 松野は動揺して視線を泳がせていた。

 少し可哀相な気もするが・・・。

「たんに寝ただけだろ」

 そこで松野は考える。

 確かに生田は『負けた』とは言ったが、『好き』とは言っていなかったのだ。

 うー・・・と唸る松野は、枕に顔を埋めた。しかし、少しだけ生田を見上げるようにしてみると、小さな声で呟いた。

「絶対に『好き』って言わせてやる・・・」

 もう生田の気持ちはわかっていた。

 いくら冷たくあしらわれようと、絶対に言わせてやる、と心に決める松野だった。

 反対に、生田は意気込んでいる松野を横目に苦笑すると、松野の躯を強引に引き寄せてその頬に口唇を寄せた。

「ま、ゆっくり口説けば?」

 からかいを含んだその言葉に、怒りでなのか、照れているのか、松野の頬が一気に紅く染まったのだった。

End.

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