だから青春というものは。

 

#7

 夜須先輩は僕が怯えていることに気づいたのか、ため息をついて眉間の皺を指で伸ばす。

「・・・秋住。また明日にしてくれないかな」

「市ヶ谷、お前、本当に夜須が好きなのか?」

「え、あ・・・・え・・・?」

 先輩はうんざりと言ったような顔で秋住って人を見てるし、秋住って人はすごい形相で俺に変なこと聞いてくるし・・・。

 俺は訳がわからないし・・・。

 どうすればいいんだろう・・・とあちこちに視線をさまよわせる。

 ふと先輩が俺を見下ろしていることに気がついた。

「す、好き・・・です・・・」

 その俺の言葉に、先輩のこわばっていた顔が僅かに緩んだと思ったのは気のせいだろうか。

「秋住、訳のわからない言いがかりはやめてくれないかな。市ヶ谷くん、帰ろう」

「え、あ、はい・・・」

 夜須先輩に手を引かれ、俺は引きずられるように脚を踏み出した。

 まだ何かを言いたそうにしている秋住って人に後ろ髪を引かれる。

 チラチラと後ろを振り返る俺に、先輩は手を握る力を強めた。

「いた・・・っ」

「あ、ごめんね?」

 笑ってるけど笑ってない。そんな感じだった。

 ・・・こ、怖いよ、お母さん・・・!!

「市ヶ谷!!」

 そんな俺たちに、秋住って人は尚も叫ぶ。

 それには先輩もキレてしまったようだった・・・。

「秋住ー・・・。本当にいい加減にしてくれないかな」

「市ヶ谷、本当にいいのか?」

 あくまで秋住って人は先輩を無視するつもりのようだ。

 俺はというと・・・。

 今朝の先輩は普通だった。いつものように優しく笑って俺に好きだというような先輩だった。

 今の先輩は・・・。

「・・・先輩は俺を騙してたの?」

 ついに言ってしまった。

 これで俺たちの関係は終わってしまうのだろうか。

「・・・どうしてそう思うの?」

 ゆっくりと先輩が俺を振り返る。

「だって・・・今の先輩、いつもの先輩じゃないみたいだ」

 それには先輩は答えなかった。

 それが答えっていうこと?

 しばらく誰も何も言わない。沈黙がこれほど痛いなんて。

「・・・いつもの僕ってどんな僕?」

「・・え?」

 弾けたように先輩を見上げた。

「ヘラヘラして、いつも笑っているような?」

 嘲る様な笑い。俺は・・・何もいえなかった。

 先輩の目が痛くてつい床に視線を落としてしまう。

「じゃあ君はどうなのさ?」

 今度こそハッとして先輩を見た。

 先輩も俺を黙って見下ろしている。

 俺は何もいえない・・・。だってそうだろう?

 俺だって、先輩を騙してたんだ。

 先輩は、そのことに気がついてたんだ・・・。

「入学式でボケッとしてる君に一目ぼれをしたのは本当だよ。これほど可愛い子がこの世に存在するのかと、思わず目を疑ったね」

 先輩の手が俺の手から離れていく。

 今まで暖かかったそこは、冷気でも訪れたかと思うくらい、急に冷ややかになった。

「ま・・・嘘の君だったわけだけど?」

 嘘の俺。そんな言葉に俺はズキッと胸が痛んだ。

「市ヶ谷が傷つくことは無い。最初に勘違いしたのは夜須だ」

 ・・・まだいたの?

 思わず思ってしまったが。

「君も大概うるさいね。君は市ヶ谷くんに早々に振られたんだから黙っててくれないかな」

 え。振った覚えありませんけど。むしろ見た覚えもないですとも。

「もっとも、君の場合呼び出しに応じてもらえなかったようだけど?」

 あ、なるほど。納得です!

 クスリと笑った先輩に、秋住って人は悔しそうに口唇を噛んでいた。

「まぁ・・・最初に勘違いしたのは、確かに僕だったよ。けれど、それを続けたのは君だろう?」

 その言葉に俺は顔さえあげられなかった。

「ね? 市ヶ谷くん?」

 ゆっくりと呼んだ先輩の声、これは罰だとばかりに先輩の俺の顎を掴んで顔を上げさせた。

 次第に・・・俺は我慢ができなくなった・・・。

「・・・っ!」

 驚いたような先輩の顔。

 当の俺だって驚いてるよ!

 まさか、まさか俺が泣くなんて。

「せ、先輩は・・・っ!それで俺が嫌いになった?もう俺とは付き合いたくない?もう・・・」

 もう、終わりなのだろうか?

 泣きじゃくる俺の肩に先輩の腕が回った。

 なんだよ、下手に慰めてくれなくても結構だ!!

 けれど、俺はその腕を振り払えなかった。

「・・・そんなに泣くことないじゃないか。何も君を責めてるわけじゃなし」

 いや、責めてたから!!

 完璧に俺を責めてたよアンタ!!

「そうだな・・・。君は・・・君こそ、もう僕とは付き合いたくないんじゃないの?」

 は?

「・・・なんで?」

 思わず口に出た。

 本当になぜ先輩がそう思ったのか解らなかった。

「・・・そうじゃないなら別にいいけど」

 先輩がコホンと咳払いをする。

 ・・・意味不明だ。

「・・・君を嫌いだと思ったことは一度もなかったよ」

 先輩の手が優しく俺の髪の毛を撫でた。

 まるで今朝の・・・いままでの先輩のようだ。

「何でかな・・・。時々垣間見えた君も・・・好きってことかな・・」

 それって。

「・・・本当の俺も好きってこと?」

「そういうことになるね」

 ニッコリ。

 なんだ。それを早く言ってくれよ。

 こんなに泣いたのなんか生まれて初めてだよバカヤロウ!!

「じゃあ・・・俺と・・・」

「僕と、これからも付き合ってくれますか?」

 俺の声をさえぎるようにして言った、先輩のおどけるような言い方に俺は自然と笑みを漏らした。

「・・・しょーがねぇから付き合ってやるよ!」

 先輩の胸の中に飛び込んで思い切りギュッて抱きつく。

 それに先輩も笑って応えてくれた。

 背中に回された腕の感触が暖かい。

「・・・お前らもう帰れ」

 ・・・アンタまだいたの?

 今度こそ俺は本気でそう思った。



End.

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