彼はエイリアン@

 

 生まれてこの方、自分の思い通りにならないことなどひとつとしてなかった。

 幼稚園の頃から保母さん受けが良く、友達からも慕われる、俗に言う人気者。

 小学校に上がったら、学級委員の推薦で名が挙がらなかったことなど一度としてない。

 中学校は中学校で、1年生の頃から生徒会入り。

 そして今に至る高校生活。相変わらず、俺は優等生を真っ当している。

 誰も本当の俺を知らない。

 本当の俺? なんだそれ。

 優等生を演じてる俺だって、本当の俺だろう?

 そう。俺は優等生を演じることが嫌いじゃない。

 というより。好きだ。

 周囲をいかに上手く欺くか。俺の一言で踊らされる人、人、人。

 全てが楽しい。

 多少悪趣味だと思わないでもない。

 でも悪いことじゃないだろう?

 だって誰にも迷惑なんかかけちゃいない。

 それどころか皆だって『優等生の俺』を受け入れてるじゃないか。

 俺は優等生を演じるのが好き。周囲は優等生な俺が好き。

 利害一致。あれ? 使い方間違ってる?

 まぁ、そんなことはどうでもいいんだ。

 俺は今すごく悩んでいる。

 いや、悩みじゃない。なんていったらいいのか・・・。

 話すととても長いんだ。

 結論から言おう。 

 市ヶ谷翔(いちがや しょう)は、エイリアンだと思う。






 彼を初めて見たのは、今年の春のことだった。

 といっても2ヶ月前のことだ。

 俺は今年の春、無事に進級を果たして最上級生になった。

 そしてその日、新入生が入学してくる日。

 俺はつくづく生徒会長なんぞにならなくて良かったと思ったね。

 中学時代で生徒会というものに飽き飽きしていた俺は、この高校生活では生徒会なるものに関与しないことに決めていた。

 その代わり、室長という役を貰ってしまったが。

 そういうわけで、俺は退屈で仕方がない入学式をぼんやり眺めていた。

 何故最上級生である俺が入学式に出席をって?

 この学校では入学式を終えた後、すぐに始業式を行う。

 そのためにその日の体育館は新入生、新入生の親、そして俺たち在校生という全校生徒が集まっていたのだ。

 優等生で通っている俺ではあったが、実はそれなりに擦れている。

 まぁあくまで『それなり』だから、それほどじゃないと自負してるけどね。あはは。

 そのときの俺はこれでもかという程苛々していた。

 何故かって? 校長の話が長いんだよ!!

 その後理事長やら来賓祝辞やら・・・もうお腹いっぱいですと言いたくなるほどの人が体育館の舞台で訓話やら祝辞やらを述べていた。

 やっと始業式も終わり、やっと終わったとばかりに生徒が一斉に教室へと戻る。

 その最中のことだった。

 誰かがドンと俺の背中にブツかったのだ。

 俺は正直このままソイツを睨んでやろうか・・・いや影で皆にバレないようにどついてやろうかなんて考えた。

 それほどそのときの俺の気分は荒んでいたのだ。・・・ただ苛々してただけだけど。

 けれど、その少年を見た瞬間。そんな考えは塵となって消えた。

 ブツかっておいて謝りもしない。いつもなら、そんなことをされた日には笑顔で脅しをかけてやろうかというものだが・・・。

「あ、ごめんね?」

 それどころか、俺は何も悪くないというのに自分から謝っていた。

 伏せがちの目。震っている睫毛。真っ白で透き通るような肌。

 パッと見で新入生だとわかる出で立ちが初々しい。

 入学したてだからだろうか、どことなく不安げに青白い顔をしていた。

「・・・気分でも悪いの?」

 本当に親切心だった。

 こんな風に他人と接するのは稀だった為、自分でも自分に驚いた。

 けれど、少年は俺の言葉など聞こえていないとばかりに、そのまま俺を無視して歩いていってしまった。

 それを追いかけてまで話しかけるのは俺のプライドが許さない。

 俺はその少年を、このままでは二度と知り合う機会がないだろうことを解っていたが、見送った。

 この時ほど自分の性分を悔やんだことはなかった。






 それから何週間がたった頃だったろうか。

 彼の噂を耳にしたのは。

 無意識のうちに彼の情報を手に入れていた俺は、既に彼の名前さえ手の内にあった。

 市ヶ谷 翔。稀に見る美少年という話だ。

 話・・・というか、実際に俺も見たし、俺もそう思う。

 あれほど目を奪われたことなどなかった。

 やはりあの容姿だ、大勢の男どもから熱のある告白を受けているらしい。

 それはまだ許容範囲だ。むしろ、当たり前という感じさえする。

 だが、俺はある噂に耳を疑った。

 彼が、告白してくる大男らを殴る蹴る? 更には何人か病院送りにしたとか・・・!?

 そんな馬鹿な!!彼に限ってそんなことがあるわけがない!!

 俺は微塵も疑わなかった。

 彼の容姿に嫉妬した馬鹿なヤツらが流したデマだろうと。

 ましてや、あの可愛い姿で暴言を吐くなどとは・・・。信じられるはずがない。

 俺はある決心をした。

 噂を確かめよう。この目で、彼が本当はどういう人物なのかを。

 早速彼のクラスへ赴き、彼のクラスメイトに伝言を託した。

『裏庭で待ってるって伝えて欲しい』

 そして俺は裏庭で待っていた。

 数分そうして樹の袂で立ちふと思った。普通男からの呼び出しに応じるだろうか。

 ・・・普通は気持ち悪がるな・・・。

 例えここがホモの巣窟だったとしても、彼はまともな精神の持ち主なのかもしれない。いやそうだろう。

 俺はどんどん暗い方向へ考えていった。

 あの噂も本当なのかもしれない・・・。

 噂によれば、裏庭に呼び出しをして、ちゃんと来てくれたのは数えるほどしかないとか・・・。

 いやいや、あの噂が本当なのだったら、暴言やら暴力やらが本当ということになってしまう。

 そんなのは絶対にありえない。

 だが・・・。

 半分本当で半分嘘・・・ということもあるかもしれないではないか。

 俺は彼が本当に来てくれるのか不安になっていた。

 そのときだった。誰かが・・・彼が走ってくる足音が聞こえたのは。

 ほら!やっぱり噂は嘘じゃないか!!

 俺は嬉しさのあまり、言わなくてもいいことを口走っていた。

「よくすっぽかされるって話に聞いてたから、あんまり期待はしてなかったんだけど」

 ああああああ。俺は馬鹿か!?

 焦りのあまり、何度も髪の毛を掻き揚げる。

 彼が不審に思わなければいい・・・そう思いながら彼をチラリと視線で追った。

 その瞬間、バチリと視線がかみ合った。

 俺が慌てて視線をそらそうとする前に、彼が恥ずかしそうに視線を落とす。

 ・・・ほら、やっぱり彼はこういう少年なんだ。

 俺は間違っていなかったんだという安堵と、やはり彼が好きだという恋情とが混ざり合い、ゆっくりと言葉にした。

 未だかつてこれほど緊張したことがあっただろうか。

 あの日見送った彼と、こんな風に接触することができるだなんて。

 俺自身気がついていた。噂を確かめるなんてことは、ただの口実に過ぎないってコト。

「君のことが、好きです」

 言った瞬間、ブァッと顔が熱くなった。いまどきこんな告白の仕方があるだろうか?

 こんな子供騙しな告白に、彼はなんと思うだろうか。

 言ってしまった後に後悔してももう遅い。第一、俺は緊張のあまり、他の言葉が見つからなかったのだから。

 案の定、彼は何も言わない。

 やはりこんな恥ずかしげもないガキくさい告白をした男など嫌いなのだろうか。

 さっきまでの発揚が嘘のようだ。ズーンと心は沈んでいく。

「・・・僕のこと、嫌い・・?」

 つい、言い募ってしまった。彼を責めるように、ジッと彼を見つめた。

 諦められないのだ。こんなに、誰かを好きになったことなんてなかったのに。

 どうしてくれるんだ!!

 俺は、このまま彼に断られたら、彼をどうにかしてしまったかもしれない。

 けれど、俺の言葉に彼の反応は悪いものではなかった。

 ハッと顔を上げた彼。まるで傷つけられたような目をしていた。

 そんな彼に俺はズキリと胸が痛んだ。

 彼にそんな目をさせているのは俺なんだ、と。

 もういいよ。そう言ってあげるのが優しさだろう。

 けれど、その一言がいえなかった。

「き・・・嫌い・・・じゃ・・・ない・・・」

 微かに聞こえたその声。俺の聞き違いでなければ、彼は・・・っ!!

 胸が痛んだ記憶など、さっぱりどこかへ飛んでいった。

 高揚する自分の気持ちを抑えきれない。

「じゃあ、僕のこと好き・・?」

 それでも、何とか自分を抑え、生唾を飲み込み聞いた。

 この時間がとても長く感じたが、実際はそんなに長くなかったのだろう。

 俺は喉の渇きを覚えながら、彼の答えをジッと待った。

「・・・っ」

 声にならない彼の声。何かを伝えるような切なげな眼差し。

 それだけで十分だった。

 感極まるとはこのことだろうか。

 嬉しさにあまり、彼をこの腕に抱きしめた。

 万歳!!神様ありがとう!!

 彼を見送ったあの日、再び彼に触れることができるなんて・・・彼をこの腕で抱きしめることが出来るなんて、思っても見なかった。

「せんぱい・・・?」

 彼が俺を見上げる。ああ・・・っ!!彼の美しい瞳に俺の姿が!!

 俺は色々と話した。彼との出会い、彼に纏わる噂、そして俺がどんなに彼を想っているか。

 彼は黙って聞いていた。時折苦しそうな顔をした。青ざめたような不安げな顔。

 けれど、大丈夫。俺はそんな噂なんか信じていないよ。

「僕と、付き合ってくれるよね?」

 小さく頷く彼を見て、俺は心から笑った。

 今まで何度も笑ってきた。優等生を演じるためだけに笑ったこともあった。

 けれど。こんなに嬉しかったことは初めてだった。

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