#4−2 柊-side
自室に入った柊は、溜息を吐きながら椅子に腰を降ろした。 考えることはただひとつ。
何もまたあんな場面に出くわさなくたって・・・。
柊がこの思いを自覚したのは少し前のことだ。
やたらと聡里に目がいくのは、聡里の危なっかしい雰囲気がそうさせるのだと思っていた。
けれど何日前の夜だっただろう。
捕り物の帰り、汗を流そうと未だに慣れない浴場に脚を運んだ柊は、そこに先客がいることに気がついた。
だが仲間が入っていようがお構いなし。どうせここには男しかいないのだから。
柊は何も考えずに脚を踏み入れた。
その瞬間、耳に聞こえてきた艶やかな甘い声。
一瞬にして脚が止まったのは言うまでも無い。
先客は継嗣と聡里だったのである。
どうやら湯の中でイタしていたらしく・・・。
おいおい皆のお湯でなんてことを・・・と思ったのも最初のうちだけだった。
忙しない二人の息遣い。青臭いガキじゃあるまいし、誰かの情事に偶然にも遭遇したからといって、何故ここまで動揺せねばならぬのか。
「阿呆らし・・・」
このまま素っ裸で立っているのも間が抜けている。
柊は今来た道を引き返すために踵を返した。
その時だった。聡里の嬌声が響いたのは。
実際にはそれほど大きな声ではなかったのかもしれない。
しかし、それに柊は思わず脚を止めた。
何故だかとても心臓の音が早い。
見るな、やめておけ。
何度も頭の中で声がする。
しかし震える指で浴場の扉を開き・・・。
「・・・・っ」
柊は今度こそ踵を返し浴場をあとにした。
最後の方は小走りになっていただろう。
自室の扉を勢いよく閉め、肩で呼吸を繰り返す。
二人の抱き合う姿を見た瞬間、胸に何かが刺さった。
これは、明らかに嫉妬であった。
髪の毛を掻き揚げながら入ってきた継嗣に、柊は一瞬だけ視線をやり再び手元にある白い紙に戻した。継嗣も柊をチラリと見やり、その向かいの椅子にドカリと腰を降ろす。
「・・・お姫さんは?」
「湯浴み」
柊は曖昧に頷いた。
二人の仲を壊す気は毛頭なかった。
仲睦まじくしている二人を見ると安堵する。
そんな自分に、更に安堵していた。
「で? 何か用だったのか?」
聡里との時間を邪魔した所為だろうか。継嗣の口調は僅かにぶっきらぼうだった。
「ああ。これ見てみろよ」
「んー?」
指で弾いて紙を継嗣へ見せる。
それを継嗣は目を細めて覗き込んだ。
「・・・なんだよ。こりゃ」
古びて黄色みがかった紙。そこには大雑把な地形に一箇所だけペケ印が打ってあった。
「何に見える?」
「・・・お宝の地図とかいうんじゃねーだろうなぁ」
継嗣はまさかな・・・と口端を引き攣らせながら笑った。
「そのまさかだ」
「・・・おい。お前何か拾い食いでもしたんか?」
「あ?」
真剣に断言した柊に、継嗣は大げさな溜息をついた。
「お前なぁ・・馬鹿にも程があるぞ・・・」
確かに根城を壊すという馬鹿をやった男だったが。
「いくらで買ったんだ?1ペリ?まさか10ペリじゃねぇだろうな。それとも安かっ・・・----」
「阿呆か。こんなもんに10ペリも払うならお前ら専用の湯殿でも作った方がマシってもんだろうが」
畳み掛けるように言う継嗣に、今度は柊が呆れたような溜息を吐いた。
その言葉に『是非作ってくれ』という継嗣の心の言葉はとりあえず置いておこう。
「じゃあ何だってんだ?こんなもん、ただの落書きだろうが」
この世に宝の地図なんてものは無いに等しい。
世の中の宝の地図の90%が偽物と思ったほうがいいだろう。
こんなものに踊らされるのは馬鹿くらいなものだ。
「コイツはただの宝の地図じゃない」
「なんだよ。王家の秘宝か? お偉い様の埋蔵金か?」
継嗣はハナっから真面目に話を聞いていなかった。
そんな継嗣にチラリと視線を送り、紙のペケ印を指でトントンと軽く叩く。
「ヤツらのアジトだ」
「あぁ?」
「この間 話しただろうがよ。下っ端のヤツラに任せた荷をスティールされたって・・・あれだよ」
「ああ、あれなぁ」
そういえば、と継嗣は数日前のことを思い出した。
下の連中に溜まった金品を町まで換金させたら、その途中に同業者に襲われたらしい。
いわゆる横取りされたのである。
応戦したらしいが見事に強奪されたという恥ずかしいやら情けないやら・・・盗賊として名折れである。
継嗣としても、柊がこのまま終わらせるとは思っていなかったが・・・。
「で?」
机についた肘で顎を支え、そのままの姿勢で柊を見やった。
「ん・・・。取られた金品を取り返す」
「もう換金しやがったんじゃねーか?」
ほんの数日前のことだが、盗ったら即売りがセオリーである。
「それならそれで別のモン頂いて来ればいいだろう?」
実にあさっりと言ったその言葉に、継嗣もニヤリと笑った。
「ま・・・そういうことか」
実のところ、継嗣もこういう話は嫌いじゃないのである。
To be continued・・・
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