#12
智早はハジメに逢いに1年A組を訪れたが、なかなか教室に入れずウロウロとしていた。 今にも入っていきたいが、その衝動を何とか抑えているのだ。 何故なら今、ハジメはクラスメートと話をしているようだった。無理に入っていって嫌われるのは嫌だ。 しかし、だからといってこのまま黙っているのも悔しい。 智早はジレンマに陥っていたが、遠くからハジメを見詰めて落ち着こうとしていた。 その時、智早は気付く。智早の目がくぎづけになる。 見開いた目がみるみるうちに険を潜んでいく。 それは一瞬だった。 扉からわりと近くにあるハジメの席まで走った智早は、ハジメのクラスメートらしき人物―――それは神田なのだが―――の頬を容赦なく殴りつけたのだ。 「おい、てめェ・・・っ。何泣かせてんだっ!!」 倒れこんだ神田の胸ぐらを掴んだ智早に、ハジメは驚いた。 突然現れたと思ったら、いきなり神田を殴ったのである。驚かない方がおかしいだろう。 「あ、あの・・・」 「コイツを泣かせていいのは俺だけなんだよっ」 クラス中に響いたその声は、その場にいる人々を注目させるのには十分だった。否、その前からされていたのだが・・・。 「先輩、違う・・・」 智早の行動を止めようと手をだしたハジメの手をつかんだ智早は、その瞳を突き抜くようにハジメを睨み付けた。 「・・・コイツを庇うのかよ」 あまりの声の低さでビックリしてしまう。それでもハジメの鼓動は次第に速く、高くなっていった。 「何で・・・」 俯いて智早を見ないハジメに、智早は下唇を噛んだ。 「俺、お前のコト・・・ハジメちゃんのことが好きって・・・っ」 ―――やっと人を好きになれたんだな。よかったな、智早。 「ホンキで好きって・・・っ」 ・・・手に入らない恋なんて、全然よくなんか、無い・・・っ 智早は衝動に駆けられ、強引にハジメの口唇を自分のソレで覆う。 もがくハジメの抵抗を塞ぐように腰に手を回したその時、ハジメの意識はなくなっていた。 真っ先に目に入ったのは真っ白の天井。そして・・・。 「・・・ごめん・・」 智早はハジメの顔を見ずに言った。 ハジメを見ていないことをいいことに、ハジメは俯いたままの智早をジッと見詰める。 「・・・何・・・」 「さっき・・・教室で・・・」 智早の言っていることは教室で口唇を合わせたことだ。 「・・・ああ・・・」 不思議と何も思っていなかった。あれほど体裁を気にしていたのに・・・。 なんとなくハジメの俯いた。二人して俯いている今の状況は、傍から見たら変に見えるだろう。 しばらく二人は何も言葉を交わさなかったが、不意に智早がわずかに動いた。 「これ、まだつけていてくれたんだ・・・」 智早の声は静かだった。 ハジメの耳許を触った手付きは、珍しくしおらしい。 「・・・だって・・とれない・・・」 とろうとも思っていなかったが・・・。 校則で禁止されているピアス。普段のハジメなら絶対にしない代物。 でも、それは智早がつけて物なのだ。 智早は俯いたままのハジメの顔をマジマジと覗き込んだ。 「それ、とろうと思えば取れるよ・・・?」 その瞬間、ハジメの頬は上気した。 取れるということはハジメも知っていたのだ。それでも智早が取れないと思っているのなら、と・・・。 「ハジメちゃん?」 頬を紅く染め、ますます俯いたハジメを凝視する。そして、智早の頭の中に浮かんだのは・・・。 「・・・俺が・・・好きなの・・?」 口に出していうと、憶測が確信に近付いた気がした。 びくついたハジメを畳み掛けるように、その華奢な肩を揺すぶる。 「ねェっ、好き?少しでも好き!?」 「好きだなんて変だっ」 ハジメは肩を揺さぶる腕を乱暴に払うと、ベッドから降りようとした。 ここで否定しなければ、考えていたとおりになってしまうかもしれない。焦るあまり、ハジメはベッドから転がるようにして落ちた。 それでも構わずに出口へ向かおうとするハジメを、許すまいと智早は力ずくでハジメを引き寄せる。 「でも、好きなんだろ!?」 拍子に智早とハジメの視線が絡んだ。 いつもと同じ熱い視線。ハジメだけを見る瞳。 しかし、これが、この瞳がいつまでハジメを見続けるのか・・・。 「どうして僕を・・・」 涙が止まることなくあふれていく。 「・・・僕を好きにさせるんだ・・・っ」 視界は既に涙でぼやけていた。言葉を発しても嗚咽ばかりで上手くいかない。 しかし、気がついたらハジメは智早の腕の中にいた。 「好きだ。・・・好きなんだよ。他に何もいらないくらい・・・好き、なんだ」 それはいつにも増して静かな声だった。しかし、智早の腕はいつにも増して強くハジメを拘束する。 「ハジメちゃんは?ね、何か言ってよ・・・」 智早の声は震えていた。微かだが、涙声になっている。 「・・・俺のこと・・好き・・・?」 「・・き・・・っく・・・。・・す、きィ・・・」 泣きながらも訴える。震える指を智早の背に回し、握り込んだ。 このままに二度と離れないように・・・。 ハジメはお弁当箱の蓋をカポリと閉めた。そして、チラリと向かいの席に座っている男を見る。 しかし、そのハジメの顔は呆れていた。 「ねェねェ。次の時間、サボろうよ」 向かいに座っているのはハジメの恋人・智早だ。 智早は先程から同じことばかり繰り返して口にしている。 「・・・ダメです」 そして、ハジメもまた・・・。 しかし、そんなことでめげる智早ではない。 「じゃあさ、屋上行こうっ。この昼休みにさ〜」 「屋上は立ち入り禁止です」 妥協案をだした智早に、即答で答えるハジメ。 そんなハジメを智早は、実は自分の事をホントは好きではないのかも・・・という不安を抱くが、口にはださない。 だって・・・。 「・・・ハジメちゃんは相変らず真面目すぎる・・・」 「先輩が不真面目すぎるんです」 口を尖らせて呟いた智早を咎めるように、ハジメは横目でいうと席を勢いよく立ち上がった。それに慌てて智早も立ち上がる。 その時、ハジメの頬が少し紅潮していたのを、智早は見逃してはいなかった。 |
End.
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