#11

 智早がハジメに告白した日くらい、その日の朝は騒がしかった。

 智早は朝、登校すると、いつもどおりハジメのクラスへ出向いていた。

 ハジメが絶句しているのが手にとるように解かる。智早自身も、ハジメの為に自分がここまで出来るとは思っていなかった。

 いや、ハジメの為・・・ハジメが手に入るなら何でも出来る。

 例え、自分のポリシーを曲げてでも。

「何・・・麻生・・先輩、ですか・・・?」

 ハジメの、目は驚愕で零れ落ちそうな程大きく見開かれていた。

 呆然と見詰めるハジメに智早は頬を僅かに紅く染めた。何しろ、ハジメが智早を見詰めることなど滅多にないのだから。

 ハジメの中途半端に開いたままの口唇から見えている紅い舌に視線を奪われる。この場で口付けたいほどであったが、やめた。智早は決めたのだ。

 智早が肯定すると、ハジメは改めて智早の全身を眺めた。

「どうしたんですか・・?それ・・・」

 驚倒しているのはハジメだけではない。登校中にも感じたいつもと全く違う視線。

 今日の智早はいつもの智早ではなかった。

「ハジメちゃんに、俺がホンキだってこと・・・伝えたいから・・・さ」

 智早は昨日、ハジメが言った事を考えていた。どうしたらハジメが振り向いてくれるのかを。

 その結果がコレだ。

 延び放題だった髪の毛をばっさり切り落とし、ブリーチしていたのを元に戻した。両耳に付いていたピアスを外して、短ランだった制服も規定サイズに戻した。

 一応、これが智早の出来る誠意だった。

「・・・受け入れるとは言ってませんよ」

「解かってるよ。でも、ホンキだって、これで信じてくれるんだろ?」

 智早の声はハジメの頭に優しく響き、ハジメを見詰める目を離すことが出来ない。このまま見ていてはダメだと思うのに。

 ハジメの反応に満足した智早は目を細め、いつもの調子で危うくハジメの腰を抱こうとしてギリギリのところで踏みとどまった。そして、勢いよく躯を180度回転させた。

 ・・・ったく、可愛いってのは罪だよなぁ・・・。

 危ない、危ない・・・と小さく呟く智早の声は、ハジメには全く聞こえていない。

 最初が肝心だ、と脂汗をかきながら、智早はチラリとハジメを見た。

「俺はハジメちゃんが好きなんだ」

 軽く手を上げて告げた智早は、言葉が終わる前に歩き出した。引き際も肝心なのだ。

 前を向いて歩き出した智早の後姿を見送ったハジメは、しばらくの間呆然と立ち尽くし右手をソロソロと口許にあてた。

 ハジメは遅れながらも、智早の言葉に顔を赤らめていたのだ。






「どういうつもりだよ」

 智早がハジメの教室から自分の教室に戻り、入るなり生田は言った。

「何がだ?」

 自分の席に座った智早を追いかけて、生田は智早の目の前に仁王立ちする。

「お前、昨日はあんなにへばってたじゃないか」

 生田の声は既に呆れモードになっている。

 ニッと笑った智早は、指を左右に揺らしながら舌を鳴らし、解かってねェなぁ・・・と、生田に言った。

「元々嫌われてんだから、もっと嫌われたって今更ど―――ってことないってこと。ようは大嫌いから大好きにさせればいいんだよ」

 智早は、口笛を吹いて久しぶりに持って来た鞄を机の横にかけた。

「・・・それは開き直りという・・・?」

 生田は鞄を持ってきても、中身が入っていないのでは意味が無いじゃないか・・・と、思いながらも智早のしつこさに呆れきっていた。






 朝。いつもと同じ廊下を歩く。

 どうしよう・・・。

 ハジメは教室の前に来ると、少し立ち止まり溜息を吐いてから扉に手をかけた。

 どうしよう・・・。

 ハジメは先程から同じことばかり考えていた。

 智早が頭を黒くしてきてから数日が過ぎたが、あれから毎日のように初めに逢いに来ては、何もしないで帰っていく。

 以前もそういう傾向にあったが、今回はそれよりも酷い。

 唯一智早のしていくことは、ハジメの耳許で熱い吐息を漏らすこと。

―――好きだ。

 何度もフラッシュバックするその言葉。声。表情。これではハジメの心臓はもちそうに無い。

 囁かれるその声でハジメは・・・。

「坂遠っ」

 席につこうとした時、呼ばれたのに気付いて振り返った。

「あ、何・・・」

「おい、大丈夫か?」

 神田は何度も呼んだんだぜ、と言うがハジメには全く聞こえていなかった。

「ごめん・・・この頃寝不足で・・・」

 理由は同じ。起きていても寝ていても、考えることは智早のことばかり。

 更にボーっとしてしまったハジメを見詰め、神田は何もかも解かっているような目で言う。

「・・・最近、今までにも増してよく来るよな。麻生先輩」

 見透かされているようで驚いたハジメは、目を大きく開いて神田を見たが、次には居心地悪そうに俯いてしまった。

「・・・先輩、健気じゃん。髪の毛黒く染めたりしてさ」

「・・・・・・」

「・・・そろそろ応えてあげてもいいんじゃないか?」

 神田の言葉にハジメの口唇がピクリと動いた。

「好き・・・なんだろ?」

 俯いていた顔を上げたハジメは、神田を強く睨みつける。

「僕は・・・っ」

「好きなんだろ?見てれば解かるよ」

 間髪入れない神田に息を詰めたものの、ハジメは正直にいえない。

「・・・っ。そんなんじゃ・・・っ」

 それでもハジメの目は泳いでしまっている。嘘をつけないのも困りものだな、と内心苦笑する神田だったが、ハジメの泳いでいる目を捉えて言い放った。

「こだわっているのは男同士だから、だろ?」

 生田にも言われた科白・・・。

 ハジメは何も言えなかった。

 確かにそうなのだが、それだけではない・・・。

「誤魔化したって無理だって。正直に話してみろよ」

 神田の目を一瞬だけ見上げたハジメは、次には再び顔を俯けた。

 しかし、神田の真剣な表情に、小さな声で呟くように言う。

「・・・だけどあの人は・・・」

「・・・ホンキじゃない、って?」

 保持目は否定はしないが肯定もしなかった。

 不可解なことがあった。

 あの時、智早は何故ハジメの耳にわざわざ穴を開けたのか。まるで、所有の証のようにピアスまでつけて・・・。

 ハジメは無意識のうちに、付けられたピアスを弄った。

 今ではもう痛みも何も感じない。いや、本当を言うと少し痛いのだが・・・。

 智早が外せないようにしたのか、手探りで触っただけでもピアスが普通につけられていないということが解かる。

「ホントは解かってるんだろ?先輩がホンキだってこと・・・」

 そんなことはとっくに気付いていた。解かっていたのだ。

 思い出すのは数々の智早がハジメに言った言葉。

―――好きなんだよっ。

―――どうしたらホンキだって伝わるんだよっ!!

―――そしたら俺のこと、受け入れてくれる?

「・・・そんなの・・困る・・・」

 だって、あの人は男で僕も男で・・・。違う、そうじゃない。そんなことじゃない。

 ハジメが本当に拘っている事は・・・。

 色んな噂がある智早。いつかは自分にも飽きる日が来るのではないかという恐怖。

 オモチャのように捨てられるのは怖い。

 ハジメを口説く智早の目はいつだって熱かった。

 冷めた目で見られたらハジメは・・・。

 神田は後悔していた。

 ハジメはハジメなりに、自分の中の葛藤に悩んでいたのだ。

 好きなのに躯であらわせない。口に出していえない・・・。

 それなのに、神田の言った言葉はまるでハジメを責めているようで。

 そして、目の前で涙を見せているハジメをみて、初めて気がついた自分に、尚・・・。

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