#1

 静まり返っている教室の中で、教師の声だけが坦々と響いている。

 その中で、黒板を見ていたハジメは、真横にある廊下に面する窓がいきなり開いたのに目を見開いた。

「い、今はまだ授業中・・・」

 ハジメは焦ったが、なんとか授業妨害にならない小声で話すことができた。

 しかし、問題は・・・。

「なぁ〜、早く帰ろうよ〜」

 肘をついてハジメの顔を覗き込むその仕草は、まるで子供のようだ。

 周りを憚らない智早も智早だが、それを見て見ぬ振りをする教師も教師だ。

 周囲に少し視線を配らせたハジメは、ひとつ溜息を吐くと智早を見た。

「・・・生徒会がありますから、まだ帰れません」

 とたんに智早の機嫌は降下した。見るからに不機嫌になる。

 しかし、次の瞬間には笑顔になり、お決まりの科白を言った。

「じゃ、俺も生徒会室に行くっ」

 基本的には部外者立入禁止なのだが、ニコニコと笑った智早に言えるハジメではなかった。それでなくとも、智早はいつも踏み倒しているのだから。

「先に行ってるから、ハジメちゃんも速く来いよな〜」

 手を振りながら歩いていく智早を、ハジメは呆れたような顔で見送っていた。

 智早と恋人関係になってから、いつも智早と行動している。それは登下校もしかり。

 あまり大っぴらにするのはどうか・・・と思うハジメだったが、一緒にいられるのならそれはそれで嬉しかったりもするのだ。

 しばらくボーっと見ていたハジメだったが、その後姿が突然ハジメの方へ振り返った。

 小走りで戻ってくると・・・。

「早く来ないとピアス増やしちゃうぞ」

 耳許で囁くのでも、小声で言うのでもなく。

 その智早の言葉に、ハジメは条件反射のように耳許に触れた。

 そこにはいくつかのピアスが嵌められている。

 じゃな、と今度こそ廊下の向こうに消えていった智早の後姿を、頬を紅潮させたままハジメは見詰めていた。

「そのピアス、どんどん増えてくと思ったら麻生先輩がつけてたのかよ」

 授業が終わったとたんハジメの席にやってきた神田は、ハジメの耳許をみてニヤニヤと笑った。

 いたたまれずに、ハジメは俯いて再び紅く染まった頬を隠す。

 ハジメの耳許を飾るものは、智早とケンカをするたびに増えていく。

 今では3個となった耳許のピアスを撫でたハジメは、治まってきていた頬の赤みを再び感じることになった。

 智早はピアスをつけるときは、いつでもその最中だ。

 痛いのか気持ちがいいのか解からなくなることもあったほど、その瞬間の記憶は曖昧だったが、酷く自分が乱れていた・・・というのは覚えている。

 願わくば、二度とされたくない行為である。

 帰り支度を整えたハジメは、鞄をもって教室を出て生徒会室に向かうことにした。本当にピアスを増やされたらたまったものじゃない。

 生徒会室まで行く間の廊下。授業が終わってまだ間がないというのに、歩いている生徒の数はほんのわずかだ。

 その中に、ハジメの顔をチラチラと見ていく生徒がいることにハジメは気付くいた。前方からすれ違う瞬間さえも見ている。

 いや、ハジメを見ているのは前方から来る生徒だけだ。

 怪訝な顔をしたハジメは、少しの間立ち止まったが再び歩き出した。

 例の噂のせいだと思ったのだ。智早と付き合っている・・・という。

 溜息を吐いて角を曲がったその時、正面に人がいることに気付き、顔を上げたハジメの目は驚愕に見開いた。

 重なるように立っている二人。背の高い男の首に腕を回している男はハジメと変わらぬ小柄な少年だった。

 ハジメはその場に立ち尽くしていた。躯が動かなかった。

 ただ、目の前の光景を見ているだけ。

 そのうち、背の高い男がハジメに気付いた。ハジメの姿を見つけると嬉しそうな顔をしたものの、今の状況を思い出ししまったという顔になった。

「ハジメちゃん・・・。もしかして・・・見た?」

 その時何と答えていいのか解からなかった。

「ほら、お前もう行けよ。あ、あのさハジメちゃん・・・。コレには深〜い訳が・・・」

 少年を邪険に追い払った智早は、ハジメに近寄ると引き攣った笑いを浮かべた。

 それを見たハジメは、眉を中央に寄せると下唇を噛んだ。

「ご、ごめんっ」

 俯いたハジメを目にした智早はとっさに謝っていた。

 泣いているかもしれない・・・と、ハジメの顔を覗き込んでみたが、ハジメは泣いていなかった。

 眉間に皺を寄せたまま、ただ脚許を見ているだけだった。

「あ、あのさ、あれちょっと不意打ちで・・・」

 焦っている所為なのか、智早は所々どもりながらハジメに説明する。

 智早は急な出来事で避けられなかった、というが、いまいちハジメの胸はすっきりしない。

「なぁ・・・怒ってる?」

 その言葉にハジメは無言で顔を上げた。

「・・・いえ」

 他に言う言葉が見つからなかった。

 モヤモヤしたままハジメは智早と生徒会室の扉を開けた。

 そこには既に会長と生田が居た。

「・・・遅い」

 会長が睨みをきかせている。・・・しかし、あまり怖くないといったら失礼だろうか。

「すみませんでした。あの・・・次からは・・・」

 ハジメは小走りで自分の席へつくと会長に謝った。

「いいんだよ、坂遠。コイツ、いつも時間より前に来てるもんだから。コイツに比べたら誰もが遅刻・・・ってことになるんだよ」

 生田はハジメをフォローするように言うと、気にするな、とハジメの肩を軽く叩いた。

 そういえば、とハジメは生田をマジマジと見た。

 生田はいつも部活を優先してなかなかこの議会に出ようとしない。それなのに、今日は時間どおりに生徒会室にいるなんて・・・。

 不思議そうにみているハジメに気付いた生田は、一瞬キョトンとした後すぐに口許を吊り上げていった。

「なに?智早から俺に乗り換える?」

 ニヤニヤとして言う生田に、ハジメはハッと我に返ると焦って勢いよく首を横に振った。

「い、いえ・・・っ。そんな・・・っ」

 そんなんじゃない、と言おうとしたハジメの視界が突然ガランと変わった。

「ハジメちゃんっ」

 驚いているハジメの目の前には智早の顔があった。

 顔を挟まれ強引に顔の向きを変えられたらしい。

 智早はハジメの顔を掴んだまま、眉間に皺を寄せてハジメを見ている。

「・・・ハジメちゃんは俺だけ見てればいいんだよ」

 遠くで生田が横暴とかなんとか叫んでいたが、ハジメは言われたとおり智早の顔だけを見詰めていた。

 整った男らしい顔。でも笑うと子供っぽくなることをハジメは知っている。

 以前は栗色だった髪の毛はハジメの為に黒くしたままになっている。

 ハジメはその髪の毛に触れてみた。

「・・・少し・・のびましたね」

 何気なく言った言葉だったのだが、智早が異常に反応したのでハジメは視線を髪の毛から智早の顔に移した。

 ハテナを浮かべているハジメに比べ、智早は苦々しい顔を浮かべている。

「・・・やっぱり・・・切った方がいい・・?」

 前に髪の毛を黒く染め直した時、智早は髪の毛も短く切ってきた。ハジメの気をひくためだけに。

 校則でも髪の毛は短くするようになっている。それなのに、ハジメはそんなことも忘れていた。

 智早があまりに長い方が似あうから。

「・・・そうですね」

 肯定してみたものの、実はそんなこと、全然思っていなかった。

 せっかく似合っている髪の毛を切ってしまうなんてもったいないとさえ思っている。

 校則違反だと解かっていても、きるのを止めてしまいそうになる。

 ヘヘヘ・・・と空笑いを浮かべた智早に止めようか否か迷ったが、すぐに議会が始まった所為もあり、ハジメは智早をそのままにして議会ノートを開いた。

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