好きになった理由
#1
夕方の生徒会室。 今、そこには二人しかいない。
「え・・・。本当に・・・?」
松野は驚きのあまり目を見開いてしまった。
―――俺のモノになってくれる?
それは松野がいつも言っている言葉だった。
しかし、その答えはいつも返ってこない。それなのに・・・。
それなのに、今、生田は頷いたのだ。
松野は嬉しさに胸に掌を置いた。
いつにも増して鼓動が速い。
「・・・なんて、俺が素直に頷くとでも思ってるのか?」
え、と思う間もなく、生田の両頬を覆っていた腕を叩き落とされた。
音がなるほど強く叩かれた腕がジンジンと痛む。
しかし、それよりも気になるのは・・・。
「え、ちょ・・・っ。今の嘘!?」
呆然として生田を見詰める松野を、生田は冷たい目で見返した。
ちょっと考えればすぐわかることだった。
今まで苦労しても全然応えなかった生田が、こんなに素直に頷くわけがない。
一気に沈んだ松野は溜息を吐いた。
「・・・好きなんだけど」
そう呟いた松野だったが、返事は別に期待していなかった。
予想通り生田は何も言わない。
それどころか無言のまま生徒会室から出て行ってしまった。
それを見送った松野は再び溜息をついた。
何度か口にしている科白。その度、生田は何も言わずに松野の前から去っていく。
「・・・バカ」
思えば生田に会ってからこんなことの繰り返しだった気がする。
生田と松野が出会ったのは高校1年の春。
松野は入学式に遅れそうで慌てて自転車をこいでいたのだが、途中で同じ制服で身を包んだ男を見つけた。
同じ制服ということは、同じ学校ということである。
ということは、その男も遅刻寸前ということ。
しかし、男は急ごうともせずにゆっくりと歩いていた。
自転車をこぐのに忙しいはずなのに、松野はその男が気になって仕方がなかった。
そして、男の横を通る時、ふと男が顔を向けた。
目が合ったのは一瞬で、松野は自転車に乗っていたので男が松野の顔をきちんと見れたかは解からない。
しかし、松野はその時の男をきちんと認識することができたのだ。
綺麗な男だと思った。
それ以外は何も思わなかったはずだった。
やっとの思いで学校へついた頃、入学式は始まっていた。
体育館へ入っていったとき、強面の教師に「あとで職員室まできなさい」とまでいわれた。
悪いのは遅れてきた自分なのでそれは仕方がなかったのだが・・・。
遅れてきた分際で列の中には並べず、松野は連れられていったクラスの最期に並ばされた。
しかし、背が低い方ではない松野には特に問題もなかった。
入学式は松野がいなくても始まったように、松野が現れても中断されることなく進んでいく。
ぼーと男子生徒たちのあたまを眺めていた松野は、ふと妙に見覚えのある姿を目に捉えた。
やけに気になってずっと見詰めていると、不意にその頭が横を向くのが見えた。
「―――っ」
松野は危ないところで口許を手で押さえる。もう少し遅かったら叫んでいただろう。
横顔しか見えなかったが、そこにいたのは明らかにさっきすれ違った男だったのだ。
どう考えてもおかしい。
自転車で横を通り過ぎていった松野でさえ遅刻したのに、余裕をぶっこいて歩いていた男が平然とした顔で列に並んでいる。
松野はその日からその男が気になって仕方がなかった。
その男は生田透司といった。生田は気にすればするほど解からない男だった。
勝手に授業をサボる不真面目な奴だと思えば生徒会に入ったりする。
成績優秀でスポーツ抜群かと思えば不純同性交遊にふける・・・。
きっと自分ほど生田のことを知る奴はそんなにいないだろうと自信がもてるほど生田という人物を調べ上げた。
気がついた時にはもう頭の中は生田のことだけだった。
お互い喋りだすきっかけになったのは生田から話し掛けてきたんだ。
それは突然のことだった。
全然いつもと変わらない日常。違っていたのは生田が松野を初めて見たこと。
「どうしていつも俺を見てるんだ?」
初めて話した時、これでもかというくらい心が騒いだ。
それと同時になんて言えばいいのか解からなかった。
正直にいうのなら、生田が気になるから。
しかし、ほとんど初対面の人にこんなことを言ってもいいのだろうか。
なんて言えばいいのだろう・・・。
「・・・好き、だから・・・」
自然と口から出てしまった。
そのとき思ったのは、俺は生田が好きだったのか・・・?、ということ。
生田はそのまま表情も変えずに歩いていってしまった。
何も、一言もなかった。
ショックで目を伏せたがもう後戻りは出来なかった。
その日から松野は生田を追っていた。
今も松野は生田を気になったままだ。
思えばあの入学式の日、すれ違ったあの時。
あの瞬間から・・・。
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