好きになった理由
#6
扉を開けたら生田はいなかった。 「あ・・・透司は・・・」
覚悟を決めて生徒会室の扉を開けた松野だったが、そこには生田の姿はなく、そこには智早が不貞腐れた顔で座っているだけだった。
「・・・ハジメちゃんとヨージ」
不機嫌そうな声で言う智早に、きっとついていこうとしたら断られたのだろうということが解かる。
「あ・・・そう・・・」
ガッカリしたような、ホッとしたような・・・。
松野は少し複雑な気分だった。
小さく溜息をついて気を取り直した松野は、智早と少し離れたところに座る。
しかし・・・気まずい。
今まで智早とこんな密室で二人っきりになるのは初めてではないだろうか。
「・・・気にすんなよ。昨日の」
突然の智早の言葉に、松野は顔を上げると智早の顔を見詰めた。
智早は松野をチラリとも見ないで頬杖をついている。
「・・・あれ、わざとだぜ」
昨日というのは生田とのことをいっているのだろう。
「・・・解かってるよ」
松野は握った拳に力が入っているのに気付いて溜息を吐く。
あれが生田の本心ではないことは解かっていた。松野を遠ざける為にやったことは・・・。
いや、あとから気がついたのだ。
あの瞬間は恐怖でそれどころではなかった。
今でも昨日の事を考えると躯が竦んでしまう。
結局、生田は松野を受け入れるつもりなど、なかったのだ。
「・・・お前の口唇って柔らかそうだな」
突然の智早の言葉に松野の返答は遅れた。
「・・・は・・?」
智早を振り返ると何故か松野をジッと見詰めている。
いや、松野の口唇を・・・だ。
「色っぺーかも・・・」
不意に手を伸ばしてきた智早に驚いた松野は思わず椅子から転げ落ちてしまった。
それでも手を伸ばしてくる智早に、松野は脚を振り上げたのだが簡単に捉えられてしまい、今度は腕を振り上げるのだがそれさえも無駄な抵抗だった。
「キス・・・しっちゃおっか・・・なぁー・・・」
智早の薄っすらと笑っている顔が近付いてくる。
抵抗しようにも腕は押さえられており、脚さえも動かない。顔をギリギリまでそらすのだが、それにも限界があった。
「やめ・・・っ」
息がかかるほど近付いたそのとき、不意に扉が開いた。
二人してハッと扉を振り向くと、そこには見下ろしているハジメの姿が。
「・・・っ」
最初は驚いた顔をして見ていたハジメだったが、次第にジワリと目が潤んできていた。
「ハ、ハジメちゃんっ!!これは・・・っ」
智早が言い訳をしようとしたそのとき、ハジメは智早の制止も聞かずに走り去ってしまった。
それを慌てて追いかける智早。おかげで身軽になった松野はゆっくりと起き上がると、その後に現れた姿に気まずげに目をそらした。
「・・・智早のアレはもう病気だな」
笑うような生田の声。カッとなった松野は今までの気まずさなど何処かに吹き飛んだように生田を睨みつける。
「俺、お前のこと好きなんだけど」
その声に、生田は眉を顰めたが見える。
「アイツにキスされそうになったんだよ?」
だから何だと言いたげに松野を見る生田に、松野は生田が何か言う前に口をあけた。
「・・・今の見て、何とも思わないわけ?」
話す声が段々と震えてきたのが自分でも解かっていた。
生田にその気がなかろうと、松野は生田が好きなのだ。何があったって、それは変わらない。
例え生田が受け入れる気などなくても、迷惑がられようとも諦められるものではない。
しかし、生田から返って来た言葉は冷たいものだった。
「・・・何を思えって?」
ハッとして生田を見た松野は、そこに無表情の顔を見て目を伏せた。
昨日と同じに突き放そうとする生田。
段々悔しくなってきた松野は口唇を噛み締めると再び生田を見詰める。
生田はその視線に気付いておらず普段と変わらずに席につこうとしていた。
その生田にツカツカと歩み寄った松野は生田の胸座をつかみ・・・。
「・・・っ」
生田が目を見開いて松野を見る。松野はそれを薄めで見詰めていた。
「やめ・・・っ」
噛み付くように口唇を寄せる松野に抗おうとするのだが、上手くいかずに生田はただ貪られるままだった。
しかし、開いた口唇から入り込む松野の舌が触れたとき、生田は松野を思い切り引き離した。
大人しくなった生田に油断していた松野は突然の抵抗に突き飛ばされ床に尻をつくことになる。
「何でお前はそうやって・・・っ」
生田が口唇を噛んでいた。拳をきつく握り締め、何かに耐えるように目を閉じている。
それを目の当たりにした松野は目を大きく開いて生田を見詰めていたが、やがて小さく笑った。
「・・・仕方ないデショ。俺は・・・透司が好きなんだから」
松野の『好き』という言葉に反応した生田は、躯を一瞬だけビクつかせたが振り切るように生徒会室のドアノブを手にする。
それを松野はただ眺めていた。
いつも冷たい態度で軽くあしらわれていたのに今日は何故か違うと思ったから。
ちょっとだけでも進歩したと思ったから。
だから、また明日から少しずつ生田の中に入っていければ。
しかし、生田はドアノブを握ったまま回そうとはしなかった。
ずっと静止している生田に段々訝しげな表情になってきた松野は少しだけ生田に近付く。
「・・透司・・?」
「俺は・・・お前が怖かったよ」
松野が呼びかけたのと生田が話し始めたのはほとんど同時だっただろう。
松野は動かない後姿を見詰めながら、今きいた言葉を考えていた。
「え・・・?」
生田の言葉がよく解からなかった。
「怖いんだよ。・・・俺の全部が松野一色になっちまうみたいで・・・」
静かに言った生田の背中に触れようとした。
今なら、触れてもいい気がしたのだ。
しかし・・・。
「なのに・・・っ!!」
ビクリと躯を揺らした。あまりの大きな声に驚いて思わず出しかけた手を戻す。
「なのに・・・お前はドカドカと俺の中に入ってくるし・・・っ!!」
松野は混乱していた。
今、もの凄いことを聞いた気がする。
「・・透司・・・?」
小さく呼ぶと、生田が僅かに微笑んできたがしたのは気のせいではない・・・と思う。
「・・・初めから・・・入学式の時からやばかったんだ・・・」
微動だにしない生田の背中をジッと見詰めながら、松野は自分の心臓が速く動いていることに気付く。
当たり前だ。生田は今、自分と同じ時から自分のことを気にしていた・・・と口にしたのだから。
「・・・俺のに・・・なってくれる・・の・・・?」
小さく言うのは自信がないから。
しかし、何故か確信はあった。
生田は笑って振り返ってくれる。
「・・・お前には負けたな」
生田がどんな顔で言ったかは解からなかったが、そのあとに溜息をついた。笑ったような吐息で。
「透司・・・」
振り返る生田を立ちすくみながら見詰めていた。
ゆっくりと近付いてくる生田が滲んで揺れている。
生田の腕が松野に触れたとき、言わずにはいられなかった。
「・・・好きだ・・」
何度といった言葉。しかし、今はこれしか言えない。
「透司が好きだ・・・っ」
生田の口唇が松野のそれに軽く触れる。
生田からのキスは初めてだった。
だから、嬉しすぎて同じ事ばかり繰り返して口に出した。
「・・・知ってるって」
僅かに笑った吐息が頬を掠めた。
エピローグ「落ちない自信はあったんだ」
ベッドの中でそういった生田は、溜息まじりに松野を見た。
「落ちないって・・・一生俺に冷たい態度をとり続けたってこと?」
松野は僅かに眉を吊り上げて生田を責めていた。
「まあな。やっぱ、俺は有利に立ちたい方だし?」
生田は苦笑すると愛煙の煙草に手を伸ばす。
「有利って・・・。そんなの関係ないと思うけど」
松野はブツブツといいながらも生田の手許をうっとりと見詰める。
あの指先が昨日は自分の躯に触れていたかと思うと少しだけ照れくさかった。
松野が見ているのに気付いていた生田だが、気付かない振りをして煙をふかす。
実際、今までどんな恋愛をしても有利に立っていた。
決して自分のペースは崩さない。
だが、松野だけは違っていた。
「透司・・・。ちょっと小耳に挟んだことがあるんだけど・・・」
生田を窺うようにして言い出した松野は、少しだけ言い難そう目を伏せていた。
言ってみろよ、と促すと少し間を空けて松野が口をあける。
「・・・他の男と寝たって本当?」
そのとき一瞬だけ生田の指先の動きが止まる。
平然として何もなかったような振りをする生田だったが、松野はそれを見逃してはいなかった。
「本当だったんだ? 何で俺がいるのに他の奴と寝たりするわけ!?」
ギンギンに睨みつける松野に、生田は冷めた視線を送る。
「・・・別に俺とお前は付き合っちゃいないだろ?」
今度は松野の脚が止まった。
「え・・・。だ、だって昨日・・・っ」
松野は動揺して視線を泳がせていた。
少し可哀相な気もするが・・・。
「たんに寝ただけだろ」
そこで松野は考える。
確かに生田は『負けた』とは言ったが、『好き』とは言っていなかったのだ。
うー・・・と唸る松野は、枕に顔を埋めた。しかし、少しだけ生田を見上げるようにしてみると、小さな声で呟いた。
「絶対に『好き』って言わせてやる・・・」
もう生田の気持ちはわかっていた。
いくら冷たくあしらわれようと、絶対に言わせてやる、と心に決める松野だった。
反対に生田は、意気込んでいる松野を横目に苦笑すると、松野の躯を強引に引き寄せてその頬に口唇を寄せた。
「ま、ゆっくり口説けば?」
からかいを含んだその言葉に、怒りでなのか、照れているのか、松野の頬が一気に紅く染まったのだった。
End.
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