#15
瑞生の口唇が篤志の躯をなぞるようにしてどんどん降りていった。 それに合わせてしなる篤志の躯を押さえ込んだ瑞生は、何故か黙ったままで篤志を見下ろしていた。 「・・・・・・? 瑞生・・?」 突然止まった愛撫に篤志は息を乱しながら首をかしげる。 しかしそれでも瑞生は何も言わなかった。 怪訝に思ったものの、瑞生が何もしないなら・・・と、上体を起こした篤志は縋りつくように瑞生の首に両腕を回してその肩口に顔を埋める。 「・・・お前、汗の匂いがする」 からかい混じりに顔を覗き込んだ篤志だが、そこに無表情の瑞生を見て笑いも止まってしまった。 「・・・瑞生?」 様子のおかしい瑞生に篤志は戸惑いながらも腕を離した。 覗うようにして瑞生を見詰めてみるがその表情は変わらない。 「みず・・・」 「兄貴・・・って、どんな男?」 もう一度名前を呼ぼうとした篤志の言葉を遮った瑞生の口から出た言葉は亮平のことだった。 「どんな・・・って、さっきもお前・・・」 「さっきは兄貴のことじゃなかったよ?」 微笑いながら首をかしげる瑞生の様を見詰め、篤志は目を泳がせた。 確かに先ほどは新田のことを聞かれたのであって、亮平のことを聞かれたわけではなかった。 しかし、いったい瑞生は何故そんなことを聞いてくるのだろうか・・・・・・? 「な・・・んで・・・」 「何でだと思う?」 僅かに微笑っている瑞生を見詰め、篤志は曖昧な顔をしていた。 いくら考えても、何故・・・なんて解からなかった。 「そんなの・・・解かるかよ・・・」 プイッとそっぽを向く。 「篤志は兄貴のこと好きなんだよね?」 「・・・そりゃ・・・好き、だよ」 「ふーん」 そんなの最初から解かっていることなのに、今更瑞生は何故・・・・・・。 「・・・・・・逢いたい、って言ったら・・・・会わせてくれる?」 俯いたままでも目に入る。横に座っているのは瑞生だ。 僅かに目を上げると・・・・・。 「・・・・・・・・・・」 亮平が無言で篤志を見詰めていた。 ・・・やっぱり連れて来るんじゃなかった・・・。 何故か亮平に逢いたがった瑞生を連れ来た篤志は既に後悔していた。 無言のままの亮平は明らかに怒っている。いや、怒っているかは解からないが、気分を害しているのは確かである。 眉を顰めたままで何も言わない亮平に、篤志は顔も満足に上げられずにいた。 一方、無言で篤志を見詰めていた亮平は、何が何だか解からずに苛ついていた。 ・・・コイツ、篤の何なんだ・・・? 上から下までジロジロと見定める亮平に対して、瑞生はニコニコと笑ったままだ。 ・・・何笑ってんだよ、こいつ・・・。 「あ、と、兄ちゃん、コイツ瑞生って言って・・・」 沈黙に耐え切れなかったのか、篤志は時々裏返る声で言葉を口にした。 「コンニチハ」 篤志の言葉に付け足すような挨拶をした瑞生に亮平はますます眉間に皺を寄せた。 ・・・普通にしてても嫌味ったらしいヤツだな。 ・・・篤の友達じゃなきゃ、絶対にのしてたな。 いや、場合によっては、と二人の関係を邪推した。 篤志がこうして『友達』を家に連れてきたのは初めてだった。 何故今更友達なぞを紹介するのかが解からない。もしかしたらこの男は・・・。 「で、俺の兄ちゃん・・・」 「・・・どうも」 チラチラと不安げに亮平を覗う篤志に視線を移すと、篤志はビクリと躯を震え上がらせて視線を反らす。 いかにも疚しいことがある・・・と言っているようなものだった。 ・・・もし、そうであったも俺は許さないからな・・・。 暫く再び沈黙が流れていた。 ・・・どうしてこんなことになったんだろう。 篤志はチラリと瑞生に視線を向け、偶然目が合いニコリと笑われ溜息を吐いた。 ・・・本当に何考えてるんだろう。 それを見ていた亮平の眉間にますます皺が寄った。 それもそのはずである。篤志が他の男と仲良さげに見詰め合っていたのだから。 しかし篤志にそんな亮平の心情など解かるはずも無く、不機嫌そうな亮平の面に身を竦ませた。 「・・・で、その『お友達』とやらが俺に何のようなんだ」 ・・・機嫌・・・悪そうだな・・・。 覗うようにして亮平を見ると、ソレさえも気にいらないという風に眉を上げる。 慌てた篤志は目を泳がせつつ瑞生を紹介することにした。 「あ・・・と、何でかしらないんだけど・・・コイツが兄ちゃんに会いたいっていうから・・・」 最後の方は聞こえていないかもしれない。それくらい小さな声だった。 ・・・こんなことなら連れて来るんじゃなかった・・。 何回心の中で呟いても無駄だった。既につれてきてしまっているのだから。 しかし、思わずにはいられない。 これがきっかけで亮平との関係が悪化したら嫌なのだ。 ・・・これ以上嫌われるのは嫌だ・・・。 「あのさ、瑞生・・・。俺の部屋、行こう」 縋るようにして見る篤志に、瑞生はあっさりと頷いた。 「うん。いいよ」 その返事に篤志は拍子抜けしていた。 瑞生のことだから、亮平に何かしたいのかと思っていた。 目的が終わればそれでいいのかもしれない・・・と思った篤志は「じゃあ・・・」と瑞生を2階へと促した。 篤志達が2階へあがった頃、亮平はソファに座ってテレビを眺めていた。 見ているのではない。眺めているのである。 さっきから2階が・・・篤志たちが気になって仕方がない。亮平はテレビに集中できずにいたのだ。 ・・・いつもあの男の家に行っているのだろうか・・。 先ほど頭を過った思いに、亮平はそのことしか考えられなくなっていた。 亮平の考え通り、篤志があの男――瑞生の家に行っているかは確かめなければ解からない。 しかし確かめる勇気も術もない。 もしそうだと言われたら・・・。 「・・・言われたら・・・どうだって言うんだよ・・・」 深い溜息を吐いた亮平は、背もたれにどっかりと凭れ掛かった。 もしそうだと言われても、亮平にはどうする術もない。 そのとき、階段の方から話し声が聞こえてきた。 「・・・篤志?」 「あ・・・。あの、と、友達が・・・帰るって・・・」 切れ切れに話す篤志を見ながら横目で瑞生を覗った。 靴を履いて今にも鼻歌を歌いだしそうに上機嫌だ。 「んじゃ、またね、篤志」 瑞生は立ち上がると篤志を振り返って小さく手を上げた。 篤志もそれに応えている。・・・篤志は気がついていない。 立ち上がる寸前、瑞生が亮平に一瞬だけ視線を送ったのを。 瑞生の様子を覗っていた亮平はそれに気がついていた。ほんの一瞬の間に目さえ合ったのだ。 笑ったような顔で亮平を見た瑞生。それが亮平には『余裕』に見えた。 篤志を捕まえているという余裕に・・・。 瑞生が玄関の扉を開け、再びその扉が閉まるそのとき、亮平は手の平が痛くなるほど拳を握り締めていた。 「兄ちゃ・・・?」 ハッと振り返ると篤志が不安そうな顔で亮平を覗っていた。 ・・・篤・・・・・・。 「・・・あの男・・・。いや、何でもない・・・」 途中で言葉を止めた亮平に、篤志は首を傾げた。 「・・・ちょっと出てくる」 いい様、亮平は荒々しく扉を開けて出て行った。 その後姿を篤志が泣きそうな顔で見詰めていたことなど、亮平は知らない。 亮平は歩きながら考えていた。 ・・・結局聞けずじまいか・・・。 自嘲気味に笑った亮平は、もう全てがどうでもよくなっていた。 ・・・どうせ俺たちは兄弟だ。もともとどうする事だって出来ないさ。 自分が傷つくのを恐れ、言い訳のように色々な言葉を並べていく。 ・・・篤にとってもその方がずっといいに決まってる。 ・・・・・・俺にとったって。 自販機の前で立ち止まった亮平は、淡々とした動作でポケットを探り少しばかりの小銭で缶コーヒーを手に取った。 封を開け・・・―――。 「・・・そんなわけないだろうが」 缶コーヒー独特の小さな容器を一気に飲み干すと、叩きつけるようにゴミ捨てに投げ込んだ。 先ほど見た瑞生の顔を思い出す。 篤志の隣りで悠々と笑う様を。 ・・・悔しい。 ・・・あそこで笑っているのは俺だったはずだ。 少し前までは触れていた躯が今では遠い。 最近ではただの兄弟でもいいかとさえ思っていたが・・・・・・。 ・・・俺は、アイツが欲しい・・・―――。 |
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