だから青春というものは。

 

#3

 振り返る動きで揺れる栗色の髪の毛。

 眼鏡の奥に見える瞳。まっすぐと俺を見ていた。

 まるで俺は時間が止まったかのようにその場に立ち尽くしてしまっていた。

「きてくれたんだ・・・」

 はにかみながら笑うその人に、俺は訳もわからず心臓を高鳴らせていた。

「よくすっぽかされるって話に聞いてたから、あんまり期待はしてなかったんだけど」

 それでもその人は嬉しそうに俺に近寄ってきた。

 今すぐこの場を走りさりたい。でもできない。

「あのね、君を呼び出してまで、言いたいことがあるんだ」

 聞いてくれる? と首を傾げて言うその人に、俺は満足に返事もできなかった。

 少し返事を待っていた素振りを見せたものの、俺が一向に反応を示さないものだから。

「あのね・・・もうわかってるかもしれないけれど・・・」

 すごく、言いづらそうに。その人は恥ずかしそうに、少しだけ頬を染めていた。

「君のことが、好きです」

 確かにわかっていた。ここに呼ばれるってことはそういうことだ。

 言われる科白をわかっていることに、自分自身わかっていたのに、その科白を聞いた瞬間、不覚にも俺も顔を赤くしてしまった。

 バレないように慌てて俯く俺に、その人は言った。

「君さえよかったら、付き合ってくれないかな・・?」

 柔らかな声。ここで俺が何も言わなければ、この人はそのままこの場を去ってしまうだろう。

 このまま黙っていれば、すべてが上手くいく。

 なんて卑怯なんだ。俺って奴は。

 でも、今口を開いたら、俺の華麗な青春時代は訪れないことは解りきっている。

 今何か喋ったら、きっとこの人に・・・。

「・・・僕のこと、嫌い・・?」

 はっとして顔を上げた。

 それは短いようで長い沈黙の後のことだった。

 ここで『嫌い』だといわなければ俺の青春時代は・・・っ。

「き・・・きらい・・・」

 果たして聞こえただろうか・・・。それくらい小さな声だった。

 しかし言った瞬間後悔した。

 その人の顔が悲しげに歪んでしまったから。

「・・じゃ・・ない・・・」

 ああああああああああああああっ!!

 言っちまった!言っちまったよ!!

 俺の青春時代はどうなる!? 青春時代はお預けか? 今度は大学に持ち越せと?

 も、もしや・・・永遠にこないなんてことはないだろうなっ!おいっ。

「市ヶ谷くん・・っ」

 その人の顔がぱっと輝いていた。

「じゃあ、僕のこと好き・・?」

 ああ。認めよう。

 あんたのことが好きだ。ああ好きさ。

 ほれちまったよ。俺は今日から大嫌いなホモ野郎さっ。

 それでもその人に「好きだ」と伝える勇気はなかった。

 それを言った瞬間俺の青春時代は消え去ってしまう。

 しかし次第に悲しげに揺れ始めたその人の瞳を見て、俺は思わず口をあけてしまった。

「す・・っ。・・・っ」

 声に、ならなかった。

 緊張しすぎた為か。それとも青春時代を諦める未練の為か・・・。

 そんな俺の様子を一時も逃さないように見つめていたその人は、いきなり俺の肩を抱き寄せた。

「市ヶ谷くん・・っ」

 なななななななんだっ?

 まさかこのまま致そうという魂胆か!?

 まずい。まずいぞソレは。

 ここは裏庭。いつ人が来ないか知れたものじゃないし、これじゃあ青カンだ。

 第一俺は拒みきる自信がねぇ!!

 しかし俺の懸念は空回りしていたらしい。

 それが良かったのか悪かったのか・・・。

 今となってもわからないが、次にその人の告げた科白に頭を抱えることになったのは間違いない。

「そうだよね。市ヶ谷くんに、そんなこと言えないよね」

 言えない・・・。言えないよ・・・。

「市ヶ谷くんは恥ずかしがり屋だものね。うん。わかってる。わかってるよ」

 は、恥ずかしがり屋・・?

 いったいどこからその言葉がでてきたんだ・・・?

「せ、せんぱい・・?」

「いいんだよ言わなくても。ちゃんと、わかってるから・・・」

 あんた解ってねぇよ!!!

 今まで15年間生きてきて、そんな形容をされたのなんざ生まれて初めてだ!!

「ちょ・・・っ。俺は・・・っ」

「大丈夫。僕はそんな市ヶ谷くんを好きになったんだから」

 はいー?

 そんな市ヶ谷くんってどんな市ヶ谷くんですかー?

「市ヶ谷くんの、そんな恥ずかしそうに俯いたりする所、とても愛してるんだよ」

 恥ずかしそうに俯くってなんだ?

 俺がいつそんなことしたんだ?

「最初に見たのは入学式の時でね、君は緊張で震えていたよね」

 ごめんなさい。何のお話ですか?

「そのときはまだ好きだとか、そういう感情だとは思ってなかったんだけど・・・」

 先輩は腕の中にいれた俺の頭をゆっくりと撫でつけた。

 あ。気持ちいい・・・。

 なんてうっとりしてる場合じゃねぇ!!

 先輩は誤解してる。明らかに勘違いだ。

 俺は入学式で緊張する玉でもなければ普段並大抵のことじゃ恥ずかしいと思った感情すら無い。

 ここまで盛り上げといて人違いかよ。おい。

「入学式終わった後、僕とぶつかったの覚えてる?」

 人違い決定かよっ。

 俺にはそんな記憶ございませんですよ。

「君は緊張の糸が切れちゃってたのかな。とてもぼんやりしていてね。うつろな目をしていたよ。多分、覚えてないんだろうな・・・」

 苦笑気味に微笑む先輩に、だから人違いだって・・・と思ったのはそこまでだった。

 ちょっと待てよ・・? 入学式、俺何考えてた?

 せっかく入った高校が男子校で、落ち込んでた俺は、悲観のあまりシオレテいたではないか!

 もしや先輩はそれを見たんじゃ・・・。

 入学式が終わったあと先輩とぶつかったことも覚えていないどころか、教室までの時間さえ覚えてねーよっ。

「あの時からずっと君のことが頭から離れなくてね。今日までとても悩んだよ。君に打ち明けようかどうしようかってね」

 くすっと笑った先輩は俺の顔を覗き込み、ゆっくりと俺の頬を撫ぜた。

「ほら。君はその・・・モテるだろう? 色んな噂も耳にしているし・・・」

 そんなことをいう先輩こそモテそうだ。と思いつつ、噂と聞いて青ざめた。

 この人はしおらしい俺が好きなんだよな?おとなしい俺が好きなんだよな?

 噂・・・噂・・・。

 俺ダメじゃん!!

 殴るは蹴るは骨折るは。

 ていうか、何でそこまで知ってるのに勘違いしてるんだ・・?

「でも告白してよかった」

 あんたが見てるのは幻想だよ。

「僕と、付き合ってくれるよね?」

 あんたの好きになった『市ヶ谷翔』はどこにもいない。

 ・・・俺には言えなかった。

 ・・・一目ぼれって本当にあるんだな・・・。

「・・・うん・・」

 小さく頷いた俺に、先輩は花の様に笑ったんだ。

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