だから青春というものは。

 

#5

「おはよう、市ヶ谷くん」

「おはようございます、先輩」

 手と手を取り合って挨拶を交わす先輩後輩。

 学校公認となった今では、この光景は珍しくも何ともない。

 例えそれが、昇降口のど真ん中だったり、長い間見つめあったりしてたとしても。

「じゃあまた放課後にね」

 その声に恥ずかしげに俯いて、しかし嬉しそうに頷いてみる。

 夜須先輩は俺の頭をなでて自分の教室へと向かったとさ。

「・・・疲れる」

 俺はため息をついた。

 朝は迎えに来て貰い仲良く登校。

 帰りは下駄箱で待ち合わせて仲良く下校。

 願ってもない青春なシチュエーション。喜ぶべきことなのに。

「・・・疲れる・・」

 もう一度呟いて肩を落とした。

 夜須先輩と歩くのはそりゃあ楽しい。

 なんてったって惚れちゃった相手だしな。

 が・・・。

「・・・この先ずっとブリッコしてろってか?」

 そんな馬鹿な。自分から始めた事だったが、これでは躯がもたない。

 なにより・・・。

「・・・これってもしかして、先輩だましてる?」

 ・・・もしかしないかも。

 沈んだ気持ちが余計に沈んだ。

「おーい、翔。教室はいんねぇの?」

 ふと視線を上げると、今来たらしいテルが立っていた。

「・・・入るに決まってんだろ」

 コノッコノッと上履きの上から踏みつけた。

「いてっいてぇっ!もー何なんだよー」

 かわいそうに、テルは訳がわからないといった顔だ。

 そんなもの、俺にだってわかるか!俺だってわかんねぇんだよ!

 八つ当たりもいいところだが、気にせず無視して教室に入った。

「もー意味わかんないなぁー」

 ブツブツ言いながらも後をついてくる。

「あ、解った!もしかして夜須先輩と喧嘩でもしたんだろーっ」

 俺はピタリと止まった。それにテルも調子付く。

「あ、正解?」

 振り返り、その横っ面を容赦なくひっぱたいた。

「いたっ!今のはまぢ効いたし・・・」

 頬を押さえて涙目になってることなんて知ったこっちゃない。

 俺の方が泣きそうだっての!!

「・・・翔?」

 さすがにいつもと様子が違うことに気づいたのか、テルが怪訝な顔で俺を窺った。

「・・・喧嘩なんて・・」

「お、おい・・・」

「喧嘩なんてしてない!!」

 拳を握って叫んだ俺に、テルはただオロオロとしているだけだった。

「わ、わか・・・っ解ったから、な?落ち着け、落ち着けっ」

 落ち着くのはお前の方だ。そんなくらい、俺は冷静だった。

「ほけ、保健室っ。そうだ、保健室にいこうっ」

「はぁ?お前具合でも悪いの?早退でもすれば?」

 そりゃあないだろう。自分でもそう思う。

 言った後、後悔した。

「・・・ごめん・・・。ちょっと八つ当たった・・・」

 俺は額に手の甲を当ててため息をついた。

 前言撤回。どうやら俺は冷静ではなかったらしい。

 え。一目瞭然だって? ・・・そうだよな。

「・・・いや・・・いいけどさ。・・・大丈夫か?」

 テルが本気で心配してくれてる。それはビシビシ伝わってきた。

 けど、今の俺にはお礼が言えるほど気が回らない。

 喧嘩・・・。喧嘩か・・・。

「・・・本当に喧嘩でもしてたほうがよっぽど良かった」

 俺と先輩で喧嘩なんてありえない。

 先輩を騙してる俺と、どうやって喧嘩なんて起きるんだ。

「・・・翔・・」

 こんなことになるなら、こんな苦しいことになるくらいなら、あの時黙ったままでいればよかったんだ。

 そうすれば、先輩だって俺に騙されずにすんだのに。

「・・・テル、俺どうしたらいいのかな・・・」

 俯いてジッと床を見つめた。

 ふと暖かい感触を肩に感じる。

「翔・・・」

 テルが俺の肩に手を置いたんだと、ぼんやり顔を上げ・・・眉を顰めた。

「・・・とりあえず席に着こう」

 ・・・担任がテルの背後で厳つい顔をして立っていた・・・。

 どうせそんなオチだろうと思ったよ・・・。






 教室で立ったまま話し込むなという教訓に、俺とテルは昼放課を待って屋上へあがった。

「そっか・・・」

 テルは俺の話を最後まで聞いてくれた。

 ・・・本当にお前は出来た友達だよ。

「いっそのこと別れちまえば?」

 あっけらかんと言うテルに、俺は前言撤回を余儀なくされた。

 ・・・お前を相談相手に選んだ俺が間違いだったよっ!

 俺は眉間に出来た皺を強く押して伸ばす。

「別れたくないから言ってんだろうがよ」

「まぁそうだろうなぁ」

 解ってんなら言うなよ!!

 コイツいっぺん殴ってやろうか、このやろう!!

「じゃあ少しずつ地を出してくとか?」

 慣れるかもよ、とテルは笑う。

 ・・・俺はちっとも笑えねぇよ。

「それで先輩に嫌われちまったらどうすんだよ」

「そりゃーその時だろ」

 ・・・お前なぁ。

 拳にハァ〜と息を吹きかけ、振り上げようとした俺をテルはチラリと見た。

「だってそうだろ? お前本当にこのままでいいと思ってんの?」

 いつにない真剣なテルの声。

 俺はハッとして改めてテルを見つめる。

「先輩が好きなのは、本当のお前じゃないんだろ? 本当にそれでいいのかよ」

 いいわけがない。けれど、仕方ない。

 先輩がそういう『俺』が好きなのなら。

 そんな俺の心情が顔に出たんだろう。テルはコツンと俺の頭を小突いた。

「ばっかやろう。いつもの強気はどうしたんだよ。・・・本当の自分、好きにさせてやる!ってくらいでいけっての」

 ・・・うん。そうだよな・・・。

 俺は先輩が好きだ。これでもかっていうほど惚れてる。

 初めは先輩の姿を見てヤられた。でも今は、先輩そのものが好きなんだ。

 俺だって、本当は、嘘じゃない自分を好きになってもらいたかった。

「・・・ありがとな、テル」

 コツンとテルの腕に頭を当てた。

「親友の為なら」

 わしゃわしゃと俺の髪の毛をかき混ぜた。

 ・・・・・。

 これでもかというほどグシャグシャになったことは言うまでも無い。

「・・・俺の頭を小突いた礼はそのうちしてやるよ」

「え''」

 俺の髪の毛をかき回す腕が、ピタリと止まった。

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