彼はエイリアンB

 

 キッチンで、グラスに烏龍茶を注ぎながら、2階にある自分の部屋にいるだろう彼を思った。

 部屋に招待した俺に、何の抵抗もなく馬鹿正直に付いてきた彼。

 彼はこれから何をされるか分かっているのだろうか。

 幸い親は共働きで遅くならないと帰ってこない。

 夜まで二人きりというこのシチュエーションに、彼は何とも思わないのだろうか。

「・・・くそっ」

 ガンッとシンクに拳を叩きつける。

 彼のあの様子は、まるで俺を警戒していないかのようだった。

 ・・・男として意識されてない?

 拳を握り締め、ギリギリと歯を食いしばる。

 そうしてどのくらいの時間がたっただろうか。

 飲み物を持ちに来るだけにしては、やけに長い時間かけてしまったことに気づいた俺は、慌ててグラスを手に階段をあがった。

「ごめんね、お待たせ。お茶しかなかったけど」

 はい、と手渡した時ほんの少し彼と指が触れ合った。

 彼は弾かれたように、すぐに指を引っ込めた。伺うと少し頬を紅潮させている。

 ・・・これも演技なのだろうか。

 そうならば俺は酷く滑稽だろう。

 彼と同じく、触れた指の感触に胸のうちをドキドキとさせていたのだから。

 彼の本性を知っていてさえこの鼓動はやんでくれない。

 自分の行動に嫌気が差した。本当の彼じゃないのに、俺は酷く興奮し喜びを感じている。

 そのことに悔しさを感じていた。

 もう、騙され続けるのは嫌だ。

「あ、先輩。あれって去年の学校祭の写真ですか?」

 市ヶ谷くんが恥ずかしさを隠すためか、壁に無造作に貼り付けてあった写真を指差した。

 確かにそれは去年の学校祭の写真で、アルバムがなかった所為と、自分自身楽しかった思い出だった所為とで壁に貼り付けたままにしてあったものだった。

「そうだよ」

「もっと近くで見てもいいですか?」

「構わないよ」

 市ヶ谷くんが嬉しそうに立ち上がり、写真へと向かっていく。

 彼の後姿を見ながら、今だ・・・と思った。

 ゆらりと立ち上がり、彼の後をついていく。

 強引にその腕を取り、ベッドへと連れ込み・・・。そしてその衣服を千切れるほど乱暴に剥いで、まだ解してもいない隠された彼の秘所に自分の・・・っ!!

「・・・先輩!?」

 気がついたら、俺は彼の背後から優しくその躯を腕で包み込んでいた。

 ・・・できるはずがない。

 俺は市ヶ谷くんを後ろから抱きしめたまま微動だにしなかった。

「・・・先輩?」

 訝しげな市ヶ谷くんの声が耳に届く。けれど、俺は動くことができなかった。

「・・・もう少し・・・このままで・・・」

 どうしてこんな可愛い彼に、酷いことができようか。

 俺には彼を傷つけることなど出来ない。出来やしない。

 彼が悲しむ顔など見たくない。

 俺はようやく顔をあげ、そこに俺を見つめる市ヶ谷くんの顔を見つけた。

 様子のおかしい俺を心配しているのだろうか?

 いやまさか。今まで俺が思っているような彼ならそうかもしれない。けれど、本当の彼がそんなことをするはずないじゃないか。

 けれど、俺はその顔に癒された。

 ・・・騙されてたっていいじゃないか。

 ストンと何かが落ちた。

「・・・学園祭の時の話をしてあげようか」

 市ヶ谷くんを離すと、俺はいつものように微笑んだ。

 それには彼も、どこかホッとしているようだった。

 その様子に、俺を好きだという気持ちは、本当なのかもしれないと思った。

 それが己のただの願望じゃなければいいと本気で思ったのだ。






 それからも俺は市ヶ谷くんと付き合っていた。

 変わったことと言えば、以前は見えなかった市ヶ谷くんを垣間見る・・・という所だろうか。

 彼が変わったんじゃない。俺の見る視点が変わったのだ。

 それほど、以前の俺は盲目的な感情で彼を見つめていた。

 彼を良く見ていれば、ちゃんと分かったことだった。

 確かに彼は俺に偽りの自分を演じているようだったが、どうやらそれは俺に好かれるためらしい・・・ということが分かった。

 それに気がついたとき、それはもう言葉では言い表せないほどの歓喜。

 市ヶ谷くんに好かれている。その事実だけで天まで舞い上がれそうだった。

 そしてふと思う。

 彼は確かに俺を騙している。

 俺が大人しく控えめな彼を好きだと信じているから、そういう自分を作っている。

 俺はそんな彼も嫌いになれない。むしろ、彼を知れば知るほど、どちらの彼も好きになった。

 今たとえ、彼がありのままの全てを曝け出したとしても、愛し続ける自信がある。

 けれど彼はどうだろう・・・?

 今まで俺は自分のことを棚に上げてきたが、俺も彼を騙しているのではないか?

 こうして優等生の仮面をかぶっているが、仮面を取った俺自身も、彼は愛してくれるだろうか・・・?

 俺は身震いをした。

 俺が彼の本当の姿を愛したからといって、彼もそうとは限らない。

 俺は怖かった。本当の自分が彼に知れて、離れられるのが・・・彼に嫌われることが・・・。

 俺は決心した。今までどおり、いや今まで以上に徹底して仮面をかぶろうと。

 決してその仮面を取るまいと。

 彼に・・・嫌われないために。

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