彼はエイリアンC

 

 彼が俺を騙していた。偽りの自分を演じていた。

 そんな彼をエイリアンなどと呼んだら、俺こそエイリアンの仲間入りになってしまうだろう。

 俺が彼をエイリアンと呼ぶ訳は。

 それは先日彼に本当の俺を知られてしまった時のことだった。

 発端は、帰り際に憎き腐れ縁の秋住(あきすみ)に話しかけられたことだ。

 ヤツとの関わりを話したら、それはもうとてつもなく長い説明になるだろう。

 小学校から一緒で、家も近く親同士も仲がいい。

 幼馴染? やめてくれ!そんな仲良しこよしの仲だと思われたくない。

 ヤツとは別にそれほど仲がいいわけではなかったが、決して悪いわけではなかった。

 けれど、ヤツと決別した。理由ははっきりしている。

 ヤツが俺より先に市ヶ谷くんに手を出したのだ。

 といっても、ヤツは告白しようとしただけだったが。

 当の本人は、告白の呼び出しにも応じなかったらしい。

 流石は俺の市ヶ谷くん。それでこそ俺の市ヶ谷くん。

 そんなわけで、ヤツに先越されたあの日から、俺たちの間柄は最悪なのだ。

 だというのに、ヤツは俺の帰宅を邪魔するかのように話しかけた。

 ・・・市ヶ谷くんが待ってるから早くしてくれないかな・・・。

 俺はそんなことを考えながら、ヤツの言葉を右の耳から左の耳へと聞き流していた。

「おい!聞いてるのか!?」

 聞いているのかと聞かれたら?

 もちろん聞いていませんとも。

「・・・聞いてるよ。うるさいな」

 けれどそこで正直に言うほど馬鹿じゃない。

 それでもうんざりした顔を向けるくらい許されるだろう?

「それなら何とか言ったらどうなんだ!彼が・・・市ヶ谷が可哀相だ」

 ヤツの口から彼の名前がでる。それだけで虫唾が走りそうだ。

「君には関係ないことだよ」

 薄っすらと笑って言い放つと、秋住は奥歯を噛んだような悔しそうな顔をした。

 人の優位に立つことほど面白いことはない。

 ヤツは昔からの俺を知っている。だからこそ、そんなことをいうのだろう。

 秋住と俺の立ち位置は、誰が見ても明らかだった。

 そんな秋住を鼻で笑い、市ヶ谷くんの待つ昇降口へと急ぐ。

 ああ、俺を待っている間に変なヤツに絡まれなかっただろうか。

 彼の容姿を考えれば十分ありうることだった。

 噂どおり彼がそういう輩には手厳しいことを既に知っているが、如何せん俺の頭の中ではいつまでも可愛い市ヶ谷くんだから。

 ガラリと扉を開けた。

 まさか、それが運命の分かれ道を隔てる扉だとは知らずに・・・。

 その時ほど吃驚したことはないだろう。

 口から心臓が飛び出るかと思ったよ。本当に。

 扉を開けたその先には、俺の愛する市ヶ谷くんが立っていたのだ。

 目を見開き驚愕な様を露わにしたその様子に、秋住との会話を聞かれてしまったことを悟った。

「聞いてしまったんだね」

 俺は極力静かにいった。

 本当は叫びだしたいほどの激昂。

 今すぐにでも秋住に殴りかかりたかった。まさかこんなことになるなんて。

「俺に言いたいこと、ある?」

 青白い顔をして俺を見つめる市ヶ谷くんに、ああ・・・もう駄目なんだ・・・と思った。

 だってそうだろう? 信じられないといった顔で俺を見つめるんだ。

 もう俺となんか一緒にいたくない、そう思っているに違いない。

 けれど何も市ヶ谷くんは何も言わなかった。

 彼の本来の性格から考えれば、何を罵られてもおかしくないと思ったのに。

 よくも騙したな、と怒ってくれてもよかったのに。

 俺を罵倒しないから悪いんだ。そう、悪いのは市ヶ谷くんだよ。

 俺は何も言わない市ヶ谷くんをいいことに、それならばと彼に普通に話しかけた。

「・・・じゃあ帰ろうか」

 このまま有耶無耶になる問題か?

 そんなわけがない。しかし何も言わないのは市ヶ谷くんなのだから。

 このまま付き合っていけるのならば、俺は・・・。

 呆然と、しかし俺に逆らうでもない市ヶ谷くんの腰につい手を回した。

 あ。

 そう思ったのは一瞬。さりげなく手をはずして彼の手の平を握る。

 俺と彼は付き合ってはいるが、腰を抱くようなそんな関係ではなかった。

 手を握り、ピュアな・・・そう、彼に似合った付き合い方。

 艶っぽいことなど何もしたことはない。

 市ヶ谷くんの手からは、いつものように握り返すような力はなかった。

 そんな市ヶ谷くんを見るのが怖かった俺は、強引にでもこの場から連れ出そうと歩き出す。

 だというのに。

 次の瞬間響いた秋住の声に、俺は苛立ちを隠せなくなった。

「市ヶ谷!それでいいのか!?」

 それまでは少なからず俺の後ろを付いて来ていた市ヶ谷くんが、その声の所為でピタリと脚を止めた。

 苛立ちを増した俺は、つい舌打ちをしたが、それに怯えたような市ヶ谷くんに更に苛立った。

 次から次へと・・・。

 どうしてくれようあの男。

 市ヶ谷くんの前だというのに、もう笑顔を作れないでいた。それだけ俺は焦っていた。

「市ヶ谷、お前、本当に夜須が好きなのか?」

 不意に言った秋住の言葉。

 ・・・そういえば俺も聞いたことがない。

 ついチラリと彼を見てしまった。・・・いやチラリどころじゃない。

「す、好き・・・です・・・」

 小さく聞こえた可愛い声。

 俺はその言葉を聞いた瞬間、ホッと息をついた。

 彼は許してくれたのかもしれない。そう思った。 

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