彼はエイリアンD

 

 それがついこの間のこと。

 結局彼は許してくれた。いや、許してくれていた・・・?

 正直あのときのことがよく解っていなかった。

 彼は俺の本性に気づいて逃げ出すはずだったんだ。俺の予想では。

 だって俺は彼の好きな『優しいセンパイ』じゃなかったんだから。

 けれど彼は逃げ出すどころか、俺に泣きながら縋ってきたのだ。

 まるで俺と別れたくないという風に・・・。

 泣きじゃくる彼を無茶苦茶の揉みくちゃにしたかったが、時と場合というものがある。

 それにまず。別れたいと言い出さない彼を不思議に思った。

「・・・君こそ、もう僕とは付き合いたくないんじゃないの?」

 自嘲げに言った俺の言葉。

 俺は正直、自分で自分の言葉にさえ傷ついていたというのに。

 返って来た言葉は、俺を拍子抜けさせるものだった。

 なんで・・・。なんで・・・と来たか・・・。

 それこそコッチが何で?だ。

 俺に嫌われるのを恐れるように嘘を吐き続けた市ヶ谷くん。

 それと同じコトをしたというのに。

 俺の場合は彼と違って最初からだというのに。

 しかし彼が別れたくないというのならば、俺としては依存はない。

 それどころか大歓迎だ。

 まぁ・・・それがエイリアン説その1なわけで。

 その1があるなら、もちろんその2も当然あるのだ。






「はい、あーん」

「・・・先輩、恥ずかしい・・・んだけど・・・」

 それでも市ヶ谷くんは、小さな口を開けて待っている。

 ふふふ・・・。その羞恥に耐える顔もいいね。

 俺は俄然やめられなくなって、何が何でも彼の口許にアイスクリームを運んだ。

「おいしい?」

 彼が含んだスプーンを抜き取ると、ニッコリと微笑掛ける。

 彼の頬がますます紅潮し、小さく頷く様をうっとりと見つめた。

 やはり彼は恥ずかしがり屋なのではないかと、最近思っている。

 当初思っていた儚いイメージではないが、こういう彼も本当の彼なのではないか・・・と。

 ああ・・・駄目だ可愛すぎる。

 このまま彼のアイスクリームで冷たくなった口唇を舐めてもいいだろうか。

「・・・先輩も食べる?」

 市ヶ谷くんが自分のチョコチップバニラをひと掬いし、俺の口許に持ってこようとする。

 ・・・そのスプーンを避けて市ヶ谷くんの口唇に行っちゃおうかな・・・。

 ジッとその真っ赤な口唇を見つめ・・・俺は・・・。

「むぐっ」

「おいしい?」

 おい、それは強引すぎじゃないか?

 相手が彼じゃなければ冷たい微笑のひとつでも向けてやるところだが、彼が相手じゃ敵わない。

「う、うん。おいしいよ」

 無理に含まされた所為で汚れた口端をささっと拭った。

 まさかダラッと涎のごとく垂れさせておくわけにもいかないしな。かっこ悪い。

「えへへ♪」

 彼が嬉しそうに笑っている。そういえば騙し騙されしていた間、こんな風に彼が笑うことは無かった。

 始終恥ずかしげに俯き、こんなに大っぴらに笑うことなど考えられなかっただろう。

 彼は照れ隠しなのか、手の中のアイスクリームをスプーンでグチャグチャにしていた。

 ああ、垂れちゃうよ、そんなことしたら・・・っ。

 俺はすかさずポケットに入れていたハンカチを取り出すと丁寧に彼の指を拭ってやった。

 それも指の股までしっかりと。

 ・・・俺は保護者か?

 なにやら最近恋人という地位が危うくなってきた気がする・・・と真剣に悩んでいたときだった。

 その言葉を突然彼が言ったのは。

「・・・俺、海に行きたいなぁ・・・」

 う、海!?

 そりゃあ今は春とは言いがたい夏日が続いている。

 暦の上ではようやく夏になったようだったが、それでもまだ涼しい風が吹いている。

 それなのに海!?

「海・・・?」

「うん・・・。駄目?」

 キラキラとした瞳が俺を見上げてくる。

 海・・・海ねぇ・・・。

「・・・まだ海は早いんじゃないかなぁ・・・」

 きっとまだ寒いよ・・・。

 内心そう思いながら言った。

「えっ」

 えっ。はコッチの台詞だと思う。

 まさか君はもう泳げると思ってたの?、と。

「だってまだ・・・・」

「そ、そうだよね。まだ早いよね。ごめん、ごめんね、先輩・・・」

 だってまだ6月だよ?と言おうとした俺の言葉に重ねるように、市ヶ谷くんが慌てて言葉を発した。

 その酷く沈んだ姿に、思わず首を傾げる。

 果たしてそんなに萎れることだっただろうか?

「海はまた、もうちょっと日がたってからにしようよ。ね?」

 慰めるように彼の肩に手を掛けた。

 力なく頷く彼を見下ろし、喉が渇くような衝動を覚えていた。

 伏せた睫毛が小さく震えている。

 何が悪いって・・・そんなに可愛い君が悪いんだよ。

 とてつもなく、今、彼にキスがしたかった。

「・・・ね、市ヶ谷くん・・・」

 だから、そっと。彼を怯えさせないように。

 少しだけ上を見た彼に顔を近づかせて・・・。

「キスしてもいい・・・?」

 その時の彼の驚いた顔。

 あれ? なんで? どうして?

 俺はとにかく何が何だか分からなかった。

「だ、駄目!!」

 耳許で囁くようにして言った俺を、彼は躯全体で否定したのだ。

 飛び跳ねるように距離を置かれ、そりゃ〜俺は傷ついたとも。

 だってさ、青ざめてるんだぞ? 赤じゃなくて青だ。黄色でもなく青だったんだ!

 ああ、もう混乱してきた。

 とにかく、彼は酷く怯えた様子で俺を見たんだ。

 ・・・もしかしてトラウマもち?

 思わずそう思ってしまうほど、彼の表情は悲壮そのもの。

「ま、まだ・・・早いと思う・・・」

 そんな馬鹿な!!お前はいつの時代の娘っ子だ!?

 俺は口許が引き攣るのを隠すことができなかった。

 けれど叫びださなかっただけ褒めてほしい。

 だってそうだろう? いまどきキスするだけでこの反応って。

 出会った瞬間キスなんてこと、よくあることだろう?

「お、俺、もう今日は・・・帰る!!」

 サヨナラッ!とばかりにダッシュして去っていった彼を、俺は追いかけることが出来なかった。

 それだけショックを受けていたんだよ・・・。




 エイリアン説その2。彼とセックスできるのは何年後だ・・・?

 俺は本気で泣きたくなった。

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