彼はエイリアンE

 

 それからというもの、俺たちの関係は少しギクシャクしてしまった。

 最初はそんな風に思わなかったんだ。

 それというのも、俺がしばらくショックから立ち直れずにいた所為。

 ようやく立ち直りつつあった俺は、彼の様子がおかしいことにやっと気付いたのだ。

 どことなく余所余所しい。一緒にいても、話をしていても・・・以前のような笑顔が全くない。

 どこか遠慮がちで俺との接触を避けている印象さえ受ける。

 たかがキスじゃないか。

 そう言いたかった。けれど、されどキスなのだ。

 キスを拒絶された俺が落ち込んだように、キスを迫られた彼も・・・。

 ・・・そんなに嫌だったのか?

 俺は更に落ち込みそうになったが、今はそんなことよりも彼の方が大事である。

「市ヶ谷くん、今日プリクラ撮りにいこうか」

 俺はニッコリと微笑みながら彼に言った。

 彼にはどうやら女子高校生を連想させるものを好む所があった。

 以前も街角にあったゲームセンターの脇にあるプリクラを発見したとたん、撮ろう撮ろうと腕を引っ張られたことがある。

「・・・ううん。今日は・・・まっすぐ家に帰りたい」

 ガーン!

 そ、そこまで拒絶することないだろう!?

 ここのところ、ずっと彼は寄り道することなく家に帰る。

 まるで俺と一緒にいたくないとばかりに・・・っ!

 けれど泣きそうな顔で俯いている彼の顔を見てしまうと、俺は何もいえない。

「・・・そう。じゃあ・・・帰ろうか・・・」

 俺たちは、その日も特別会話もなく岐路についた。

 こんなことが毎日続くのだろうか・・・。気が重い・・・。

 けれど、それならばまだいい。

 毎日続くどころか、彼に「もう別れたい」なんて言われでもしたら・・・っ!

「俺はキミを襲っちゃいそうだよ・・・。はは・・・」

 市ヶ谷くんを家まで送った俺は、家に帰って自室のベッドに腰をかけていた。

 テーブルの引き出しからひとつの写真立てを取り出し見つめた。

 それは、彼の写真を入れてみたものの、やけに恥ずかしくなって飾る気がなくなり引き出しの中に仕舞い込んでしまったものだった。

 どうしたものだろうか・・・。

 どうすれば、彼は再び笑いかけてくれるだろう。

 俺はそればかりを考えていた。






 そんな日が続いたある日、いつもは俺より早く昇降口で待っていてくれる市ヶ谷くんがいなかった。

 担任ごとにHRの時間が違う。長くクドクド話す担任もいれば、短い挨拶で生徒を帰す担任もいるということだ。

 市ヶ谷くんのクラスは後者のようで、いつも早くに昇降口で待っていた。

 それなのに、今日はいない。俺は教室へ迎えにいこうと脚を向けた。

「先輩!」

 ふと教室の反対側から走ってくる恋人の姿を見つけ、俺は頭にハテナを浮かべながら微笑んだ。

 そんな俺に、彼は申し訳なさそうな顔で言った。

「先輩、ごめんね。今日は一緒に帰れない・・・」

「え?」

「あの・・・今日実は・・・」

 ぼそぼそと喋りにくそうに理由を話し出した市ヶ谷くんによると、ココの所授業中上の空ばかりで授業を聞いていないばかりか忘れ物も多かったらしい。その所為で、今日は裏庭の草取りを命じられたとか・・・。

 よく見ると、彼の制服は少し土に汚れていた。

「なんだ、そんなことか」

 俺は彼の話に少し安堵していた。

 突然一緒に帰れないというものだから、焦ってしまったのだ。

 まさかもう一緒に帰る気がないということじゃ・・・と。

「いいよ。僕も手伝ってあげる」

 ニッコリという俺に、市ヶ谷くんは「えっ」と吃驚した声をあげた。

「二人でやった方が早く終われるでしょ?」

 彼の頭を撫で、優しく言ってやる。

 その腕にビクリと躯を引いた彼に少しだけしょんぼりしたが、俺は気にしてないという風を装った。・・・あくまで装っただけだが。

「でも・・・」

「いいから、いこう?」

 いつまでも言い渋る彼を強引に連れ出し、裏庭へ脚を運んだ。

 ここで引き下がったらますます彼との距離が開いてしまう。そう思ったのだ。

 二人で黙々と草を刈る。思ったよりも草は生えておらず、これならばすぐにでも帰れそうだった。

「先輩・・・ごめんね、俺の所為で・・・」

 不意に聞こえた言葉。

 俺はハッとして顔をあげた。

 彼は泣きそうな顔をしながらも腕を動かし続けていた。

「何言ってるの。これは俺が自分から進んでやってるんだから市ヶ谷くんが気にすることじゃないよ」

「うん・・・でも・・・」

 以前は猫をかぶっていた市ヶ谷くんだったが、今では元気な姿もよく見ていたというのに。

 最近はそんな姿もめっきり見ない。キスを迫ったあの日から・・・。

 あれはそんなにいけないことだったのだろうか・・・。

 俺はグルグルと頭の中で考え続けていた。

 どうすれば彼が元気になるのか。

 どうすれば彼は笑ってくれるのか。

 どうすれば・・・彼と一緒にいることができるのか・・・。

 そのときだった。

「痛っ」

「・・・っ」

 お互いが額を押さえてうずくまった。

 草取りをしながら考え事をしている間に二人して移動していたらしい。

 おかげでお互いの額同士をぶつけてしまった。

 俺はもちろん吃驚した。そんなお互いがぶつかるまで気付かないなんて、と。

 だが、彼の驚き様も凄かった。

 零れそうな瞳をこれでもかという程大きくしていたのだ。

 その顔が次第に歪んでいったかと思えば・・・。

「・・・ぷっ」

 彼は突然・・・噴出した。

「あはは・・・ぶ・・ぶははははははっ!せ、せんぱ、先輩のその顔が・・・っ」

 ・・・俺の顔が何だというのだ。

 確かに俺は吃驚して目を丸めていただろう。

 だからといってそれほど笑わなくてもいいのではないだろうか。

 それに彼の驚き様だって同じようなものだったというのに。

 彼はよく飽きない・・・と思うほどまで笑い続けていた。

 けれど、俺はそれを見てホッと安堵した。いや・・・安堵したんじゃない。嬉しかったんだ。

 また笑ってくれた。それだけで俺は・・・。

 俺も一緒になって笑い出した。

「市ヶ谷くんこそ。尻餅ついて僕のことを目が飛び出るんじゃってくらい驚いてたくせに」

「う、うるさい!だいたい先輩が移動してくるから!」

「へぇ? 僕が悪いんだ?」

 俺がクスリと笑いながら彼の顔を覗き込むと、彼は「う''」と声を詰まらせて俺を上目遣いで恨みがましく睨んだ。

 ・・・やばい。

 そう思ったときにはもう遅い。

 覗き込んでいたため、彼の顔が凄く近くにあった。

 ちょっと顔をずらすだけで触れてしまう距離・・・。

 止まることなど、出来なかった。

 俺と市ヶ谷くんの周りだけ時間が止まったんじゃないかと思うくらい、その時間は長かった。

 ほんの一瞬だったのに、とても長く感じた。



 その時、彼と俺の口唇がそっと触れた。 

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