#1−2 柊-side

 森の影に潜みこみ、御輿を見つめていた。

「金目のモンを積んでるお偉いさんの行列はアレか」

 隣で有蓋(ゆうがい)が双眼鏡を覗きながら呟いた。柊も同じ方向に視線をやっている。

「アレに間違いないな。・・・ん?」

 柊は、隣国へ姫が嫁ぐということを聞きつけ、さぞかし金目の物を積んでいるだろうと、その荷物を狙って機会を伺っていた。

 が、どうも様子がおかしい。

 先を急ぐ旅であるはずの御輿の列が歩みの止めているのだ。

 怪訝に思った柊は、よく目を凝らして見る。

「・・・先を越されたか」

 よく見てみると、周りを囲んでいる者は兵士などではなく、どうみても同業者。

 いわゆる群盗。盗賊である。今は山の中に根城を構えている為、山賊ともいえる。

「どうします?頭」

 ひょっこりと後ろから顔を出してきたのは、下っ端からいつまでも抜け出せない武蔵野だった。

「どうもこうも・・・。せっかくの金目のモンが目の前にあるんだ。同業者だろが何だろうが・・・奪っちまえばいいんだよ」

 その言葉には有蓋もちらりと視線をよこした。その口許は笑っている。

「さすが頭!じゃあ俺っちはもう少し近づいて様子みてきやす!」

「みつかんなよ〜」

 例え見つかったとしても、横取り合戦に負ける気はしなかった。

「ざっと見たところ20人弱か。楽勝だな」

 有蓋が腕を回しながら言った。

 柊はようやく回ってきた双眼鏡で御輿周辺を窺う。

「あの御輿が噂の姫か?」

「そのようだな」

「姫をも売って一儲け・・・か」

 今からでも涎が出そうな話だ。一国の姫ともなればとてつもない高値で取引できるだろう。

 その分リスクも大きいが、先の戦で未だ混乱が残る国、市場、王族。こんなチャンスは二度とこない。

 それにしても、と双眼鏡を片手に柊は思った。

 やけに御輿が揺れていないだろうか?

「・・・どうやらあの中にヤツらの頭もいるようで」

 様子を見に行っていた武蔵野が戻ってきた。

 不審に思っていたのが顔に出たのだろう。

 武蔵野に耳打ちされ、柊は眉を顰め地面に唾を吐き捨てた。

「・・・なるほど。下衆の考えそうなことだ」

 しかし、それはそれで好都合。

 ・・・俺を恨むなよ大将さん。

「よし、今が好機だ。左右から一斉にかかるぞ」

「へいっ」

 背後に待機していた仲間がそれぞれ配置についたことを確認すると、静かに合図を出した。





「敵襲ーーーーーっ!!」





 一斉に御輿へと突撃する。慌てて臨戦態勢になってももう遅い。

 振り向いたときには息の音の無い者、かろうじて応戦できたものの物の見事に地面に跪く者。

 あっという間に相手の数は半数を割っていた。

「よお!御輿の中にいる大将さんよぉ。さっさと顔だしな!」

 効率よく終わらせるには頭を叩くのが一番だ。

 言い終わったと同時に御輿の簾があがった。

「るせぇ!こっちぁ忙しいんだ。手間かけさせんじゃねぇよ」

 いい所で邪魔しやがってと毒吐く頭らしき男に、柊は挑発するように言った。

「おーおーそりゃあ悪かったなぁ。だが、お前さんが何発も放ってるのを待ってるほど、こっちも暇じゃあないんでね」

 男は鼻で笑って首を鳴らした。

「俺様の獲物を横取りしようたぁ、ふてぇ野郎だ・・・。お前ら、遊んでやりなぁ!」

 その声に、男たちが一斉にかかってきた。

 柊はその様に目を細める。

「命かけた遊びかぁ?」

「アイツらにとっては、だろ」

「・・・ちがいねぇ」

 有蓋とひと笑いし、腰に刺していた獲物を取り出した。

 完璧に手入れした自慢のダガーを勢いよく振り回す。

 その切れ味の凄さは少し掠っただけでも面白いほどスパッと行くほどだった。

「お前ら、荷に血なんか浴びさせるなよ!匂いが消えるまで洗わせるからなぁっ」

 横滑りに刃区を向けて切りつける。

 見る見る間に数の減っていく男等に、相手の顔に焦りが出始めたのを感じた。

 最後の一人を切りつけ様、男の真正面に降り立った。

「さぁて。あとはアンタだけだ。荷物を置いてけば命まではとらないさ」

「ふざけやがって―――!!」

 人間、窮地に陥れば逆上するものである。

 男は正面から鎌を片手に切りかかってきた。

 予想通りの反応をする男に、柊は笑わずにはいられなかった。

「・・・忠告したんだけどなぁ」

 心にもない柊の声と、ドサリと男の倒れる音。

 ダガーを鞘に納めた柊は、ちらりと御輿へと視線を向けた。

「さて・・・お姫様のご機嫌は麗しいのかな〜っと」

 ザッと御輿の簾を上げた。

「・・・こりゃ」

 柊が言葉を失うのも無理はなかった。

 脚を開いたままで気を失っている少女。白い体液で濡れた躯が生々しい。

 柊は生唾を飲み込み、ふと少女の股間を見て眉を顰めた。

「・・・おい」

「へい?」

 つい近くにいた武蔵野を呼びつけた。

「話じゃ姫って聞いてたが・・・?」

「え。姫じゃなかったんスか?」

 武蔵野は担いでいた荷もそのままに小走りで柊の許へと歩いていく。

 それに目をくれるでもなく、その『姫』を見つめる。

「こりゃどう見ても姫じゃないなぁ」

 腕を組んで唸った柊の後ろから、武蔵野も御輿の中を覗き込んだ。

「あーあーこりゃ男ッスね〜」

 どれどれ〜と指を伸ばした武蔵野のその指を、ペチッと叩き落した。

「なんすかー」

「なんすかじゃねー。無抵抗の人間相手に何しようとしてんだおめーは」

 さっさと荷物かき集めて来い、という意味も含めて、柊はシッシッと追い払うように腕を振る。

 それに、ちょっと触ろうとしただけじゃないスかーと文句を言いながらも、武蔵野は再び荷を集めに戻った。

 それを呆れた目で見送り、再び『姫』に視線をやる。

 未だに脚を広げたまま気絶をしている『姫』に、柊は面倒そうに己の首筋をなでた。

 ・・・さて、どうしたものか・・・。

「・・・売っぱらうか」

 御輿の中に躯を乗り出し、自分のチョッキをかけてやる。

 脚もまっすぐに閉じさせ、座らせてやっていると、再び武蔵野が戻ってきた。

「ああーっ!頭こそ手ぇ出してるじゃないスかっ」

 ズルイと何度も口に出してはチラチラと『姫』を見る武蔵野に、柊はため息を吐きつつ阿呆かと一蹴した。

「こんな真っ裸同然の格好じゃ可哀相じゃねぇか。俺は紳士なんだよ。・・・お前と違ってな」

 まだブーブー言っている武蔵野の頭を引っぱたき、黙らせ周囲を見渡す。

 あらかた荷は回収終わったようだ。

「よし・・・出発するぞ〜」

 御輿を降り、他の者に担がせる。

 御輿も王家のものだ。細々と金細工がしてあるのを見れば、売らずにはいられないだろう。

「そのお姫さんどうするんで?」

 荷物を背に、有蓋が近寄ってきた。

「どうするもこうするも。これだけ見目がよけりゃ例え男だろうと高値が付くだろうよ」

「売っぱらうんで?」

「ああ。そのつもりだ」

 しかし何者なのだろうか。

 この国に男御子は二人、姫は三人。皇子の姿は何度も見たことがあるし、この者の敗れた衣服の残骸は女物の洋服であった。

「確か・・・話じゃこの国の姫が隣国の王様に見初められたのが、この間の戦争の発端だったよな?」

「ああ。何でも愛されて育った愛姫で、隣国の王様なんぞにやれるかと斎王・・・姫さんの兄貴が許さなかったみたいだなぁ」

「ま、そりゃそうだろうよ。何せ隣国の王様は齢56。対して姫は成人はしているものの16歳。俺が兄王の立場でも拒否してるな」

 柊は男どもに揺られている御輿を見やり、先の戦争のことを思い出していた。

 決して勝てない戦ではなかった。

 華と凛の武力はほとんど互角。この国は隣国に劣らない武器、技術を持っている。

 しかし戦に長けた武将が少ないことが、今回の敗因であろう。

「ま、全てはこのお姫様が起きなすってからだ」


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