#1−4 柊-side

 扉を叩く音と共に「頭」というくぐもった声が聞こえた。

「はいれ」

 キィと仕立ての悪い扉の音。

 疲れたような顔で入ってきた有蓋は、まだ濡れている腕を振りながら捲くっていた袖を下ろしていた。

「とりあえず空いてる部屋にいれときやした」

 あのお姫様もことだった。

 見てるだけなんて拷問スね〜と呟く有蓋を尻目に、柊は天井を見上げる。

「よし。あとは売るだけ・・・か」

 極上の『売り物』ではあるが、物が物だけに慎重にやらなければいけない。

「売るのはもう少し後になりそうスよ」

 その声に眉を顰めて有蓋を見やる。

「・・・切れてたか」

「かなり傷ついてたっすね」

 傷物を売るわけにはいかない。売れないことは無いが・・・。

「・・・どうすっかなぁ。このまま面倒見て、完治したら売るか・・・。それとも・・・」

「その辺の草っぱらに放り出すか?」

 チラリと有蓋を見て、ため息をついた。

「ま、あの器量だ。金になることは間違いない。それに今は継嗣(けいし)もいねぇしな」

 金になる物を見す見す逃す手はないだろう。

 継嗣とは柊の右腕となって働いてくれる大切な仲間である。ものの売買は専ら継嗣の役割であった。

「しばらく面倒見て、継嗣が帰ってきたらヤツに任せるか」

 膝をひと叩きし、寝台にゴロリと横になった。

 『売り物』の処遇も決まり、金も手に入り・・・。

 柊はにんまりと口許を上げた。






 お姫様を横奪した数日後のことだった。

 柊は街の酒場に情報収集を兼ねて買出しに出かけていた。

 酒場に入った瞬間、店の奥で手を上げたのは、よく商売取引をする情報屋である。

 柊も軽く手を上げうっそりと歩き寄る。

「お前、派手に横取ったそうじゃねぇか」

 隣り合わせに座った柊は、チラリと男を見やった後店の親父に酒を注文した。

「・・・まあな」

情報屋のこの男相手にごまかしても無駄というものだろう。

 あっさりと頷き出てきた酒を舐める。

「んだぁ? にしては浮かない顔だなぁ。失敗したわけじゃあないんだろう?」

 知らないうちに眉を顰めていたらしい。

「売り物が傷ついててね」

「ああん?」

 柊は面倒臭そうに口を開けた。

「沈めた大将が売り物に手を出してたってこった」

 まったく面倒なことをしてくれたもんだ、とため息を吐く。

「ああ、なるほどね。・・・ま、すぐ塞がるだろうよ」

 同じ界隈で仕事をしている輩だ。話は早い。

「まあなぁ。が、どこに売り渡すかが問題・・・ってね」

 柊は酒の入ったコップをゆらゆらと揺らした。

 一度は解決した問題だったのだが・・・。

「それこそ問題なかろうよ。お前さんとこにゃ、継嗣がいるじゃねぇか」

 継嗣を直接知っている男は、何を言っているんだとばかりに言った。

 それに柊は頭を掻き毟った。

「・・・あとふた月は戻れねぇってよ」

 そうなのだ。だから腐っているのだ。

 一度は解決した問題だったはずなのに、当の継嗣が戻ってこない。

 そればかりか、ようやく来た連絡はそんな訃報だったというのだから。

 眉間に皺が寄るのも当然だろう。

「かーっ!何をそんな梃子摺ってやがる。情報集めか?偵察か?」

 継嗣はこれでもかという程出来る男だった。

 そんな男がふた月もかかる仕事をしている? 情報屋としては興味深い話だったのだろう。

 男は躯を乗り出すようにして柊に詰め寄ってきた。

 それに心底嫌そうな顔をして。

「・・・市場調査」

「あ?」

 聞き返すのも無理は無い。

 一瞬にして出来た男の眉間の皺に、俺も同じ気持ちだよ・・・と内心思う。

「・・・つっといて、女のケツでも追っかけてるんだろうよ」

 女。それが出来る男・継嗣の唯一の悪いところだった。

「・・・なんでふた月も掛かるんだよ」

 まったくだ。柊こそが文句を言いたかった。

「知るか!今度こそ塒(ねぐらに連れ帰るんだそうだ」

「女をか?」

「・・・テメェのケツも守れない男は、女も同然だろう?」

「・・・男か」

 二人は同時にため息を吐いた。

「継嗣ほどの男はそこらにゴロゴロしてるもんじゃねぇ。その女・・・いや男か。何が不満だってんだ?」

 気を取り直したように、男が酒を舐めながら話し出す。

「さあなぁ。確かに継嗣は顔よし、躯よし、何をやらせても文句の言いようの無い男だが、そこがいけねぇんじゃねぇのか?」

「ってぇと?」

「女は少しぐらい馬鹿な方がよろめくのさ」

 酒をグイッと呷り、音を立てて安っぽい机上に置いた。

「なるほどな。継嗣は完璧すぎたってわけだ」

 男の言葉に、そうそうと頷く柊。

「アイツぁいつになったら懲りるんだろうねぇ」

 心底呆れた柊の物言いに、男は苦笑する。

 こうして同じような会話をするのも何度目だろうか。

「これで4回目か?」

「・・・5回目だ」

 なるほど。ため息を吐きたくなる。

「・・・苦労するなぁ。大将」

「まったくだ」

 二人は一頻り笑うと、話題を戻した。

「で、その継嗣がいないくて売り物をうまく捌けねぇと」

「そういうこった。今まで継嗣に任せっきりだったしな。ツテのツの字もみつかんねぇよ」

 柊としては早くあの姫をどこかへ売り渡してしまいたかった。

 このまま継嗣が帰るのを待っていては、金になるものも水の泡になってしまう。

 人間、長く傍にいると情が移ってしまうものなのだ。

「俺がそのツテになってやろうかい?」

 男の顔がニヤリと笑った。






「お頭、お帰りなせぇやし」

 アジトに帰った柊は、仲間と談笑している武蔵野に出くわした。

「おう。姫さんの様子に変わりはねぇか?」

「まったく静かなもんでさぁ」

 それに頷き自室へと脚を運ぶ。

 椅子に腰掛け、調達してきた酒をグラスに注いだ。

「頭、次の獲物は決まったんかい?」

 扉を叩く音と共に入ってきたのは有蓋だった。

 酒場に行っていた柊に、何かいい情報はあったかと聞きにきたのだ。

「・・・姫さんの行き先が決まったぜ」

「あれ。継嗣の帰りを待つんじゃ?」

 向かいに座った有蓋にグラスを渡し、そのまま酒を注いでやった。

「阿呆か。ふた月も待ってられっか」

 まぁ確かに、と有蓋も頷く。

「どこに捌くんで?」

「さあな。捌き先は情報屋に任せた。俺たちにゃ、関係ないことさ」

 仲介役がいる場合、売る側買う側の面識など無くてもいい。ましてや相手側の詮索などもってのほかである。

 暗黙のルールがあるのだ。

 そのため仲介役を決める時はより慎重になるのだった。

「・・・アイツもただの男じゃねぇ」

「は?」

「いや、こっちの話だ」

 酒を舐めながら僅かに笑った。

 酒場であったあの男。

 男は柊が奪ってきた『売り物』が、隣国に嫁ぐ途中不慮の事故で行方不明になっていた姫だということがわかった上での取引を持ち込んできた。

 つまり、捌き先はその姫をどうしても欲しかったわけである。

 それを知っていたあの情報屋の男は、『売り物』をもてあましていた柊にこれ幸いと近づいた。

 そのことに気づくのに遅れ、仲介料を値切り損ねてしまった。

「本当にたいした情報屋だ」

 苦笑し更に酒を注いだ。



To be continued・・・


back top next

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送