#2−2 柊-side

 後日、また柊は酒場を訪れていた。

 声をかけてきたのは、いつものあの情報屋。

「よお。最近どうだい?」

「ボチボチだな」

 定番の挨拶をし終え、情報屋の隣に腰を落ち着かせる。

「で、今日は何を探りに?」

「金儲けの話さ」

 店の親父に酒を注文し、大げさに肩をすくめてやる。

「なんだ。あの収入じゃ足りないってか?」

 情報屋の仲介で売っぱらった姫。ものがものだけに思っても見ない大金になった。

 情報屋にもそれなりの報酬が支払われたのだろう。

「・・・足りると思ったんだがなぁ・・」

 柊はボロい天井を見上げた。

 先に起こったことを思い出し、思わずため息がでた。

「コイツが馬鹿をやったのさ」

 柊の肩に手をおき現れたのは継嗣だった。

 同時に街に入ったというのに、この男は妙に愛想がいいもので。

 女と見ればすぐに寄っていく。時には女だけではないが。

「継嗣。帰ってたのか」

 顔見知りの情報屋が軽く笑った。

 きっと以前に話した継嗣の『市場調査の理由』でも思い出していたのだろう。

 そうとは知らず、継嗣は上機嫌に柊の横に腰を下ろした。

「まあな。コイツは俺がいねぇと何にもできねーからよ」

「はいはい。俺がこうしていられるのも継嗣様のおかげでゴザイマス」

 笑いを堪えていた情報屋噴き出したのをきっかけに一同に笑い出した。

 ひとしきり笑い、情報屋は言った。

「で? 継嗣よぉ、女はどうだったい」

「・・・どっかの男に脚でも開いてるだろうさ」

 店の親父に酒を渡され、忌々しげに舐める。

「なんだ振られたのか」

「うるせぇや」

 情報屋に再び失笑され、継嗣はあからさまに不機嫌を顔に表し手にした酒を空にした。

 更に横にあった柊の酒をも一気に呷る。

「おい、俺の酒・・・」

 柊が手を出しかけると、キッと睨みつけた。

 情報屋に女の話をするのは柊しかいない。情報屋に女のことを話した柊を怨んでなのか。

「親父!もう一杯!」

 ここはお前の奢りだ、と息巻く継嗣に、柊は苦笑した。

「で?馬鹿をやったって・・・大将は何をやったって?」

 話を戻され、今度は柊が口を噤んで眉を顰めた。

 反対に今まで不機嫌だった継嗣はというと、待ってましたとばかりに机を乗り出した。

「よくぞ聞いてくれた!こんな馬鹿みたことがねぇよ!」

 机を何度も叩き、その興奮具合を伝えていた。

 それに柊が苦虫を噛み潰したような顔をした。

「・・・ただ部屋を増やそうとしただけだろうが」

「だからって素人がやればどうなるかくらい、アンタ解らなかったってのかよ?」

「はいはい、そりゃーどうも申し訳ないこってす」

 継嗣の軽蔑めいた視線に柊は大げさに肩をすくめる。

「なんだぁ? 自分たちで掘ったのかい?」

「ああ。その結果、塒(ねぐら)は半壊。せっかく作った湯殿は泥まみれ」

 柊は呆れた物言いをする継嗣をチラリと一瞥した。

「自分たちで出来ることはする。・・・最初にそう決めただろうが」

「はっ。できなかったじゃねぇかよ」

「出来ると思ったんだよ!!・・・畜生」

 唸るようにしたあと、柊は机に突っ伏した。

「ははぁ。それでお金がかかるってわけだ」

「まあな。・・・何かいい条件のモンあるかい?」

 突っ伏していた姿勢を頬杖に変え、いささか面倒臭そうに情報屋を見る。

 そんな柊に情報屋は曖昧な視線を向けた。

「まぁ・・・ないこたぁないが・・・」

 怪訝な顔で情報屋を見る柊に、情報屋は一度咳払いをすると頭の中を整理するようにして言った。

「あー・・・とりあえず今あるのは、油屋の輸送護衛、成金貴族宅で温泉掘り、城下の軍隊が募集してる築城兵・・・」

 こんなもんか? と指を折り数えている。

 それには流石の柊も眉を顰める所かいきり立つように乗り出した。

「ああん? お前さん、何年俺と付き合ってんだ。俺たちぁ盗賊だぜ。そんなチャチな仕事ができっかよ!」

 怒鳴るまではいかないが、そこそこ大きな声を上げたため、店内の人間がチラリと柊を見やった。

 そんなものを気にする柊ではないが・・・。

 情報屋はというと、言われると思っていたのか肩をすくめただけだった。

「とある豪邸から、絵画を掻っ攫う仕事・・・がないこともない」

「ほお?」

 肩眉を上げて続きを促す。

 隣にいる継嗣も酒を飲みながら耳を傾けていた。

「何でも500年は昔に描かれた絵で、絵画をコレクションしているとある貴族がどうしても欲しいと言ってるらしい」

「らしい?」

「俺は仲介のまた仲介ってこった」

 それを聴いた瞬間、柊の眉間に再び皺が出来る。

「・・・金になるのかよ?」

 疑わしげな柊の視線もそのはずである。

 仲介料をふんだくられるばかりじゃあ割に合わない。

「お前さんの腕次第だな。成功すれば部屋どころか城だって築けるさ」

「・・・その言葉、忘れるなよ」

「俺は情報屋だ。真実しか口にしねぇ」

 しばらく唸りつつも悩んでいた柊を、情報屋はどこか考えるような顔をしていた。

 そして重そうに口を開く。

「・・・先に言っておくが、面倒が嫌いならこの件に手ぇ出すのはやめときな」

「はぁ?何をいまさら。金儲けってのは面倒なモンなのさ」

 よし。引き受けた!と肩膝を叩いたのを見て、情報屋は曖昧に頷く。

「・・・そうかね。なら、俺はもう止めねぇ。一応止めたしな」

 納得したような納得してないような。

 自分で紹介しておいて難な態度だが、柊が引き受ければ、情報屋にも仲介料がはいるのだ。

 情報屋はそれ以上とめることは無かった。

「どうせどこかの腐った貴族様なんだろう?そんなもんが怖くて盗賊なんざやってられねーぜ」

「・・・それが東の統領でもか?」

 東の統領。それは文字通り、東を治める領主のことであった。

 東西南北で分けたこの国の領土を4人の統領が治安を守っている。

「へぇ。おもしろそうじゃねぇか」

 声がしたのは柊の隣側。

 継嗣はちょうど何杯目かのオカワリをしているところだった。

「俺が行く。アンタは塒(ねぐら)でのんびりしてな」

 酒を受け取りうっすらと笑う。

 その様に、柊は珍しそうな顔をして継嗣を見た。

「なんだ。やけにやる気じゃねぇか」

 継嗣ははっきり言ってできる男だ。

 しかし、自分から進んでは滅多にやらない。

「まぁな。最近つまんねぇ仕事しかしてねぇからな」

「・・・言っておくが、市場調査はお前が言い出したことだぞ」

「あーはいはいっ。俺が悪かったよ!」

 グイッと酒を空け、口許を手の甲で拭う。

「取引は・・・そうだな、10日後だ。この時間にまたここに来な。約束のブツをもってきてやるよ」

 ギラリと光る目。

 それはまさに獲物を狩る獣だった。


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