#2−3 継嗣-side

 暗闇の中、梟の鳴き声が遠くから聞こえていた。

 松明で薄っすらと闇に影を作る小さな城。

 城門には数人の警備兵が立っていた。

「・・・だからって、本当に俺一人にやらせるんじゃねぇよ・・・」

 物陰から潜むように小城を見やっている男、継嗣は小さく舌打ちをした。

 まさか酒の席での話を真面目に取られるとは。

 確かにあの瞬間、本当に俺に任せろ≠ニ思ったが・・・。

 ・・・普通ひとりにゃ任せねぇよ・・。

「何言ってるんすか。俺っちがいるじゃないスか」

 継嗣の背後からのほほんとした声がした。

 継嗣は背後にいる武蔵野を一瞥し、ため息をついた。

 その様に、武蔵野は酷ぇ!と騒ぎ出す。

「チッ!静かにしやがれ。・・・お前はここで待機な」

 月を見上げ、継嗣は言った。

 今夜はこの屋敷の主は遠出中でおらず、形ばかりの警護が置かれているのだ。

 警備兵が交代してから、そろそろいい時間が経った。

「えっ。継嗣兄ぃ。一人で乗り込むんで?」

「・・・お前は連絡役」

「あ、なるほど」

 名ばかりの役を与えられたことに気づいていない武蔵野に苦笑する。

 どうせなら一人の方が効率がいい。

 ヨッコイセと腰を上げた継嗣は、闇に紛れるように屋敷の影へと走っていった。






 絵画が置いてある場所はあらかじめ調査済みだった。

 財宝庫と呼ばれる、いわゆるコレクション室だ。

 壁に隠れ財宝庫の様子を見る。

「見張りもなし・・・。ちょいと手薄すぎやしねぇかい?統領さんよ」

 調査では警備兵が一人、扉の前で立っているはずだった。

 おかしい。

 しかし、実行しないわけにもいかない。

 継嗣は周囲に気を配りながら、忍び足で扉に近寄った。

 そして、そっと耳をあて・・・ため息をついた。

「おいおい・・・。これだからお偉いさんは・・・」

 中から途切れ途切れ聞こえる喘ぎ声。

 中で何が起きているかなど想像にも難くない。

 主が留守中だからとハメをはずしているのだろうか。

 気を取り直して、継嗣は無用心にも鍵のかかっていない扉の取っ手を掴み、ゆっくりと回した。

 音が出ないように慎重に扉を開ける。

 薄っすらと開いた扉の隙間に顔を近づけ、中の様子を探った。

 くぐもって聞こえていた嬌声が鮮明になり、布の擦れる音がする。

 闇の中、それは大きく響いていた。

 どうやら部屋の奥の死角でコトを起こしている様で、継嗣はそれならば・・・と忍び足で部屋の中へ侵入した。

 あたりを見回し目的のブツを視線で探す。

 その間もひっきりなしに嬌声が響いていたが、この際今はそんなことに気を取られている場合ではなかった。

 ふと絵画ばかりをまとめて置いてある棚に気がついた。

 ゆっくりと近づいた継嗣は、1枚1枚確認をして目的の絵画を見つけると、すばやくそれを横抱きにし用済みとばかりに扉へと歩いていった。

 にしても・・・と思う。

 先ほどから響いているこの声。

「いい声してやがるぜ・・・」

 思わず口許が緩んだ。

 ツメが甘いとはこのことだろう。

 喘ぎ声に気を取られていた継嗣は、足元に転がっていた彫刻に気づかなかったのだ。

 それに躓き、慌てて何とか体勢を立て直すも、小さな音が部屋中に響いてしまった。

「誰だ!!」

 衝立の布を破らんばかりに引っ張った男の顔が見えた。

 継嗣は舌打ちをすると、絵画を横抱きにしたまま扉へと急ぐ。

 このまま逃げ切れればそれに越したことはない。

 しかし、情事に現を抜かしていた男とは思えないほど、男はすばやい動きを見せた。

 さすが権力ある男が雇う兵隊というところなのだろうか。

 継嗣が扉に行き着くよりも速く、男は継嗣に追いついた。

 ここで長くもみ合いになるのは得策ではない。

 掴みかかってくる男を紙一重で避け、すれ違い様男の腹部に膝を強くいれた。

 男は鈍い声を上げ、その場に崩れ落ちる。

 ・・・大丈夫か、ここの城。

 あまりの打たれ弱さに思わずそんなことを頭に浮かべた。

 しかし、これで難なく切り抜けることが出来る。

 ホッとため息をついた継嗣は、今度こそ扉に向かった。

 ・・・はずなのだが。

 何故だろう。その時、何かに呼ばれるように後ろを振り返った。

 別に誰かに呼ばれたわけじゃない。

 音が・・・声がしたわけでもない。

 言葉にできない、何かに。

 そして継嗣はハッと息を呑む。

 着乱れたドレス。紅潮している頬。淫らに濡れた素足・・・。

 まっすぐに継嗣を・・・いや、顔は継嗣を見ているが、焦点が合っていない。

 どうやら意識がはっきりしていないようだ。

 継嗣はこの様子をよく見知っていた。

 街のはずれにあるスラムや、乱れた色町などでよく見かける。

 薬に躯を蝕まれている少女たちと同じ症状だった。

 継嗣は誘われるように娘に近寄っていく。

 頬に手を伸ばし、涙の跡をそっと拭った。

 それは一瞬のことだった。

 始終ぼんやりと何も映さなかった娘の目が、継嗣を見たのだ。

 見て、僅かにだが微笑んだ・・・ように見えた。

 継嗣はビクリと躯を震わせて慌てて手を引いた。

 何ともいえない・・・今まで感じたことのない感情。

 その時、扉の外で騒がしい音が聞こえてきた。

 どうやら進入したことがバレてしまったようだ。

 ハッとした継嗣は慌てて立ち上がり、絵画と共に娘を腕に抱き上げた。


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