#2−4
聡里-side 意識が朦朧としており、何かを自分で考えることなど既に稀だった。 断片だけ覚えていることは、顔もはっきりしない男に力ずくでよく知らない部屋に連れ込まれたこと。 そんなことはよくあることだし、もはや聡里はどうだっていいことのように思えた。 それに力ずくと言っても、聡里の躯は力が入らないため、引きずられるようにただ男の後ろをついていくだけだった。 始終頭がはっきりとせず、物を考えることすら億劫なのだ。 ところどころ途切れる意識すら、もうどうでもよかったのだから。 自分の躯の上で、荒々しく腰を打ち付ける男を視界の中にぼんやりと映す。 口唇が動いていることから何かを喋っているということが解るくらいだ。 いや、そのことすら理解していなかったかもしれない。 自分の声すらはっきり聞こえないのだ。 不意に男の躯が離れた。 今まで与えられていた快感が急になくなり、聡里は無意識のうちに腰を揺らす。 何でもいい。早くこの躯をどうにかしてほしい。 震える指を己の下半身へとゆっくりと動かした。 ・・・が、それが叶う前に、何かによって躯が宙に浮く感覚を覚える。 ―― チッ。嗅ぎ付かれた。 宙に浮いたままガクガクと揺さぶられる。 あの行為とよく似ているが、欲しいものは全く来ない。 早くこの熱い躯をどうにかして欲しかった。 浅く呼吸を繰り返し、その時が来るのをジッと待つ。 ―― 継嗣兄ぃ!その子はいったい・・・? ―― 話は後だ!追っ手がくる。お前はこの絵を持って左へ逃げろ! まるでフィルター掛かっている様に周りの物は見えなかった。 かすかに聞こえる音さえ聡里の脳には入ってこない。 未だに与えられない快感の波を求めて、聡里は腕をゆるりと上げた。 ―― おいっ。暴れるんじゃねぇ!放り投げるぞ! また何か言っている・・・と少しだけ頭がすっきりした。 しかしまた朦朧としてくるのも時間のうちだろう。 聡里の頭の中は、先ほどまで己の躯を我が物顔で蹂躙した男と、今己の躯を抱きかかえて走っている男とが別の人間だと認識することができていない。 とにかく、この熟れた肉体をどうにかしてほしい。 はやく、はやく、はやく・・・。 ―― ここまで来ればもういいか・・・。 肩で呼吸を繰り返す男が聡里を木の根元に降ろした。 聡里を包んでいた温もりが離れていく。 そのまま離れようとする男の頬を両腕で挟み、引き寄せた。 いつもなら、ここから相手に任せていれば悦の渦中に入れるのに。 何故だろう、今回は勝手が違っていた。 ビクリと震えた男が聡里と距離を置こうとする。 常と違う相手の反応に、がむしゃらに腕を伸ばした。 男は絡みつく聡里の腕を何度か振り払い、しばらく同じことを繰り返していると、舌打ちをして聡里を抱きこんだのだった。 「頭!お帰りなさいやし!」 アジトに帰ると、仕事を終えてきたらしい武蔵野に声を掛けられた。 「おう。継嗣は?」 「はぁ・・・それが・・・」 武蔵野が言いにくそうに目をそらした。 それに柊は眉をひそめる。 「んだぁ? 失敗したのか?」 継嗣はほとんど何でもソツなくこなす男で、今まで失敗という言葉を聴かなかった。 確かに人数は少なかった・・・いや、少ないどころじゃなかったが、継嗣なら無事に絵を掻っ攫ってくると信じていた。 「いやぁ、絵はこのとおり」 武蔵野は傍によけてあった絵画を放ってよこした。 やはり継嗣はヤったらしい。 「じゃあなんだってんだ」 絵画を受け取り、念のために傷などを確かめながら聞いた。 「頭、ふた月ぐらい前に攫ってきた姫さんのこと覚えてやすか?」 「・・・姫? ああ、あれか」 一瞬首を傾げて、やっと思い出したように言う。 その間にも色々な仕事をした所為もあり、ほとんど忘れかけていたのだ。 「あの姫さんがどうしたよ」 「・・・盗みに入った先の屋敷で、継嗣兄ぃがつれてきたんスよ」 「はぁ?どういうこった!!」 つかみ掛かるようにして怒鳴った柊に、武蔵野は焦って逃げ腰である。 「け、継嗣兄ぃに聞いてくだせぇよ!」 舌打ちをした柊は、武蔵野を振り払うようにして放し大きな音を立てながら継嗣の部屋へと歩いていった。 まさかこんなことが起き様とは。予定外もいいところである。 「継嗣!!」 扉を乱暴に開けながら。 行為の最中だろうが何だろうが、気になどしなかった。 しかし、意外にも、そこには服を着たままの二人の姿。 寝台に横になっている『女』と、それを少し笑ったような顔で『女』の髪の毛を撫でている継嗣。 少し、拍子抜けだった。 てっきり行為の真っ最中だとばかり思っていた。 それ以外に、姫をここまで連れてくる意味がないからだ。 「よぉ、柊」 軽く手を上げ、一瞬だけ柊を見やった継嗣は、再び姫に視線を戻す。 「・・・絵、かっぱらってきたんだってな」 「ああ。傷もついてねぇよ。安心しな」 穏やかに微笑を浮かべながら継嗣が言った。 相変わらず視線はこちらにはない。 その継嗣をジッと見つめながら、柊は違和感を感じずにはいられなかった。 「・・・お前の仕事はいつも完璧で助かってるよ」 『完璧』というところを強調する。 継嗣には意味がわかるだろう。 「そりゃどうも」 案の定、継嗣は少しだけ笑った。 継嗣にも自覚はあるのだ。 完璧なはずの仕事で、余計なものを拾ってきたという。 「・・・で、その『女』は?」 「・・・屋敷で攫ってきた」 「んなこたぁ武蔵野から聞いた!どうするつもりだって聞いてんだ!」 継嗣は怒鳴った柊を一瞥すると、笑みを作っていた口許を引き締めた。 「・・・俺の『女』にする」 「ああん?」 いつになく真剣な表情。 しかしこればかりは、はいそうですか。というようにはいかない。 何せ一度は売った代物なのだ。 尚も睨み続ける柊に、継嗣は少しだけ息を吐いて・・・。 「俺を見て笑ったんだ・・・」 「なんだそりゃ。お前は、自分見て笑った女全部自分の『女』にする気かよ?」 「そうじゃない。そうじゃないんだ・・・」 継嗣が焦れたように頭をかき回す。 「俺を・・・必要としてくれた『女』なんだ・・・」 ポツリと。しかししっかりと柊の耳に届いた。 しばらくお互い何も言葉を口にしなかった。 やがて、継嗣が静かな声で言った。 「・・・コイツがどんな『女』かくらい知ってるよ。ふた月前に攫ってきたお姫さんだって、武蔵野に聞いた」 「だったら何で――」 「この『女』だと思ったんだ!!今まで俺はいろんな女、仲には男もいたが、何人もの女を追いかけた。けど・・・ここまで俺を必要としてくれた女は・・・俺を見てくれた女はいねぇよ。そりゃあ最初はなんとなく抱き上げたが・・・でも・・・」 柊の声をさえぎるようにして、継嗣が一気に捲くりたてる。 「・・・それはただ薬にヤられているだけだ」 こうして傍目から見ても姫が中毒症を起こしていることが解る。 なおさら近くにいる継嗣が解らないはずがない。 「わかってるさ。薬にヤられてりゃ誰だってこんな反応するってことはな。だけど・・・俺はコイツを守りてぇと思った」 継嗣の握った拳の強さに、その決意が現れていた。 それをしばらく見つめた後・・・。 「・・・あまってる部屋はねぇぞ」 「・・・柊?」 「まずは薬を抜かせな。・・・それからだ」 ため息交じりで言った柊を、継嗣は少しだけ目を見開いて、それから安堵したように苦笑した。 「・・・悪いな」 「ま、連れてきちまったもんは仕方ねぇ。また売るってわけにもいかねぇしな」 売れないこともないが、どこからかこの話が漏れでもしたら、次から取引相手に困ってしまう。 そんな安っぽい真似はしたくなかった。 ふとあることを思い、ポンッと手を叩いた。 「・・・遊郭に売るって手も・・・」 しかし途中で口を噤む。 継嗣に睨まれ、柊は再び苦笑をもらした。 To be continued・・・ |
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