#3−1 聡里-side

 ギリギリと手足を締める縄の痛みなど、既に何も感じない。

 ただ、この苦しみから抜け出したい。それだけだった。

「あああぁぁぁぁぁぁっ!ぁ・・・ぅーーーーっ」

 舌を噛まない様に猿轡で拘束されていた。

 時折布越しに水を含まされる。

 それを夢中で吸い上げると、男が・・・安堵したように息をついた。

 男の名は継嗣といい、気がついたら傍にいた。

 顔見知り---と言っても遠くから見た程度だが---の屋敷へ連れられて行った後、記憶があまり鮮明ではなかった。

 途切れ途切れで覚えていいる記憶の断片。

 思い出したくもないものばかりだ。

 その中でも一際新しい記憶。

 どこかの山中で継嗣が汗だくになりつつも聡里を抱え走ってくれた記憶・・・。

「どうだ、姫さんの様子は」

 遠くで聞こえる声。

 薄っすらとだが、それでも聡里の中に入ってくる。

「まぁまぁだな。発作の起こる間隔が長くなってる」

 発作。それは麻薬によって蝕まれた躯を正常に戻すために、薬断ちをする際に起こる症状だ。

 最初のうちは長く行ってきた薬をいきなりやめてしまうのは躯に良くない為、少しずつ摂取量を減らしていった。

 意識がはっきりしてきたのは、麻薬の摂取量をほんの舐める程度になったくらいのことだった。

 それがほんの二日前。

 それまでの経緯を考えると、とても長い時間意識を朦朧とさせていたようだ。

「そろそろ薬は使わなくてもよくなりそうだ」

「そうか・・・」

 二人がホッと息を吐く中、聡里は今度こそ夢の世界へと旅立った。






 きちんと会話ができたのは、聡里が初めて正気に戻った日のことだった。

「僕は・・・聡里といいます」

 寝台に上半身だけ起こした聡里とは、静かな声で言った。

 それは今まで薬物中毒であれほど暴れ叫んでいた人物と同一と思わせないほどだ。

「ああ、名前ぐらいは聞いた。コイツからな」

 寝台の横の椅子に腰掛けている継嗣を顎で指す。

 当の柊はというと、その継嗣の横で腕組みをして立っていた。

「コイツはそこら中に情報網を張り巡らせててな。コイツの知らねぇことは誰もしらねぇよ」

 その言葉に継嗣は肩をすくめる。本人もそう思っている為、否定の言葉はない。

「名前のほかには、アンタがこの国の第3姫ってことぐらいか?」

「・・・はい」

「アンタも迷惑な男に惚れられたな」

 その言葉に聡里は目を伏せた。

「・・・もしかして俺のことか?」

 継嗣が眉を顰めて柊を見やった。

 どうやら継嗣は意味が解っていなかったらしい。

「お前じゃなくて。・・・凛のエロジジイのことさ」

「ああ・・・。そういえば戦争の原因だったな」

 無遠慮なその言葉に、聡里はますます俯いてしまった。

 そうなのだ。先の戦争はほとんど聡里が原因といってもいい。

「聡里が気にすることじゃないさ」

 自分の無遠慮な言葉に気がつき、継嗣が慌てて聡里に声をかける。

 その言葉に、聡里は目を開いて継嗣を見つめてしまった。

 家族以外で聡里の名をそんな風に呼ぶ者は誰一人としていなかったのだ。

「お前なぁ・・・慣れ慣れしいんだよ」

 聡里の視線の意味に気がついた柊が、継嗣の頭を小さく小突いたのだ。

「いいんだ。聡里はこれからは俺のモンなんだからな」

 ニヤリと笑う継嗣のその仕草に、聡里は褥(しとね)の中の情事を思い出した。

 薬の所為で敏感になっている聡里の躯は、ことあるごとに男を欲しがった。

 その度に継嗣は聡里の躯をなだめてくれたのだ。

 その様子に、柊は呆れるを通り越してため息を吐いていた。

「はいはい・・・っと。ところで、お姫さんに聞きたいことがあるんだが・・・。アンタ、男だよな?」

 その言葉に、聡里はハッとして視線をあげた。

 これは以前から疑問に思っていたことだった。皇子は3人もいないはずなのに。

「僕は・・・双子なのです・・・」

 ポツリとつぶやくようにして言ったその言葉。

 本当は誰にも言ってはいけないことだが。

 その言葉に反応したのは継嗣だった。

「第二皇子とだろう?・・・ああ、そういうことか」

 継嗣の妙に納得した声。

 柊はまだ気がついていない。

「ああ?」

 しかし、瞬時に納得した顔で、なるほど・・・と2,3度頷いた。

 この国では同性の双子は不吉なものとされているのである。

 普通庶民の間では、片方を殺してしまったり、里子に出したりするのだが。

 先代の王、つまり聡里の父が、後から生まれた聡里を女児(めなご)として育てたのである。

 それは不吉な双子であることを隠すと共に、皇子が3人もいては後々厄介という理由でもあった。

 これは一部の城の人間しか知らない事実である。

「・・・城に帰りたいかい?」

 不意の柊の声に、聡里はピクリと躯を震わせたが何も言葉を口にしなかった。

 その様子に、柊は硬い声で言い放った。

「悪いが、姫さんにはココに留まってもらう。できれば極力外に出ないで貰いたいんだが・・・」

 一度売り払った『姫』が売った側にいると知れたら、これからの売買がやり辛かった。

「はい・・・わかってます・・・」

 やっと聞こえるほどの小さな声。

 助けてもらっただけでもありがたいのだ。

 聡里は柊に言われるとおりにするつもりだった。

 それに・・・あんなことがあった以上、兄弟の下で元と同じように暮らせるわけがない。

 まだ城に、聡里の居場所はあるのだろうか・・・?

「あの・・・華と凛の関係は・・・どうなりましたか・・・」

 気になることがあるとすれば、それだけだった。

 聡里が嫁ぐはずだった凛。

 結局は嫁が来なかったのだ。また戦争になりはしないだろうか・・・。

「うーん・・・微妙だな。今のところ何も起こっちゃいないが・・・」

 継嗣が難しい顔で言った。

「嫁ぐはずの姫が一向に来ないのに腹を立てた凛のエロジジイが、凛に文句を言ったことから姫が行方知れずってことに気がついたらしいからな。まぁ・・・そのときの華の様子から、凛はそのことを疑ってはいないらしい」

「・・・えらく詳しいな」

「ふふん」

 二人の会話を横で聞きながら、とりあえず関係は悪くなっていないらしいことを知り、聡里は少しだけ安堵した。

 ・・・・といっても、これ以上悪くなりようがないだろうが。

 聡里は握り締めていた拳の力を抜く。

 それに気がついた継嗣が聡里の頭を優しく撫ぜた。

「そう悲観すんな。俺がついてるさ」

 継嗣の優しさに触れ、聡里は少しだけ涙ぐんだ。


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