#5−1 聡里-side

 いったい何が起きたのか。

 突然のことで頭の中は真っ白だった。

 あちらこちらで悲鳴やら怒声やらが飛び交っている。

 あまりの恐怖に、聡里は脚を震わせその場に尻をついた。

「姫さん!影に隠れときな!」

 ナイフを片手に走ってきた男は、聡里に怒鳴り様そのまますぐに駆けていく。

 男の衣服にはべったりと血がついていた・・・。

 歯はガチガチと振るえ、立たなくては・・・と思っても脚が言うことを聞いてくれない。

「何やってんだ!!こっちだ!」

 ハッとして顔をあげると、そこには険しい顔をした有蓋(ゆうがい)が立っていた。

 呆然としている聡里の腕をひっぱり、力づくで物陰へと連れて行く。

 聡里は掴まれるままに走った。

 ・・・なぜこんなことに・・・。

 つい今まで、いつもと変わらない日常だったのに---。






「気をつけろよ、お前は可愛いからな」

 継嗣がそう言ったのは、今朝のことだった。

 なんでも盗り物があるらしく、大部分の人員が出払うらしい。

 詳しいことは聞かされなかった。

 とりあえず、アジトを守るための必要最低限は人が残るということだけ。

「大丈夫です。だってここに残る人だっているんでしょう?」

 継嗣の言葉に苦笑する。

 継嗣は本当に盗賊かと疑うほど、聡里を大切に扱ってくれるのだ。

「それが一番心配なんだけどなぁ・・・」

「え?」

 人がいるのだから襲われることは無い、と言った聡里に対する返事の言葉に、聡里は首を傾げた。

 しかし深く考える間もなく、部屋をノックする音で会話は途切れた為その意味を聡里が理解する時はなかった。

「おい。さっさと準備しな」

 ノックの主は柊だった。

 柊は、形ばかりのノックですぐ様扉をあけたと思えば、一言だけ残しすぐに閉めた。

 その音に継嗣が肩をすくめ、それに聡里は笑みをこぼす。

 いつまでも笑っている聡里の頭を小突き、後ろから抱きしめ・・・。

「んじゃ、行ってくる。大人しくしてろよ?」

 軽く頬に口付けられた聡里は、少しはにかんで笑った。



 継嗣たちが出払った後、聡里は裏の湖に、盥(たらい)を置き皆の汚れた衣服を洗っていた。

 これが今、このアジトで聡里がしている仕事である。

 狩りも盗り物もできない聡里は、それでも何かがしたいと思い自ら進んで申し出たのだ。

 そんな中だった。叫び声が聞こえたのは・・・。






「くそ・・・っ!頭たちがいない時に・・・っ」

 物陰に隠れながら、有蓋が悔しそうに呟いた。

 聡里もその影に隠れ、恐る恐る光の差す方向を見やる。

「な、なにが・・・」

 しかし震える指はどうしようもなく、両の指をきつく握り締めた。

「・・・襲撃された。みたところ軍人かもしれないな」

「軍人・・・。何故・・・」

 物陰から視線を張り巡らせていた有蓋は、チラリと聡里に視線をやり、また視線を戻した。

 その視線の意味は、聡里にもわかってしまった。

 いや、聡里もどこかでそう思っていた。

 聡里が居る所為で襲われてしまったのだ。

 ・・・僕の・・・所為・・・。

「ぼ、僕が出て行けば・・・皆は助かるんじゃ・・・」

「馬鹿野郎!!」

 間髪置かないその大きな声に、聡里はビクリと躯を震わせた。

 そのビクつきように、有蓋は小さく舌打ちをして無造作に頭を掻き毟る。

「・・・仲間を売るくらいなら殺られる方がマシだ」

 ・・・仲間・・・・・。

 聡里は視界が滲むのを感じていた。

 けれど、そう聞いてしまえば尚更このままでいるわけにはいかなかった。

 聡里は震える脚を叱咤し、物陰から飛び出した。

「あ、おいっ!!」

 驚いたのは有蓋である。

 すぐに聡里を引っ張り込もうとするが、それより先に敵に見つかってしまった。

「いたぞ!こっちだ!」

 わらわらと聡里を捕えにくる武装の男たち。

 やはり聡里が目的だったらしい。

 男たちの持つ槍に、恐怖心が聡里を再び襲った。

「おい!傷はつけるなよ!」

 腕を掴まれ、拘束されるようにして連行されていく。

 ・・・これでよかったんだ。皆に迷惑はかけられない。

「さっさと歩け!」

 強引に背を押され、バランスを崩しながら歩いた。

 その時だった。

「触るんじゃねぇよ!!」

 声と共に飛んできた物。振り返ると、有蓋が聡里を・・・いや、武装の男たちを睨みつけ立っていた。

「ぐ・・・え・・・いてぇ・・・っ」

 隣の男が蹲って、血の流れた腕を押さえている。

 有蓋の投げたナイフが腕に突き刺さったのだ。

「この・・・薄汚い盗人が・・・っ!!」

 その血に逆上した武装の男たちは、一斉に有蓋へと槍を向けた。

 それと巧みに倒していく有蓋を、聡里はどこかボンヤリと見ていた。

 まさか助けてくれるなんて。このまま黙って聡里が連れて行かれれば、それで終わりなのに。

 そうしている間も有蓋によって倒されていく武装の男たち。

 けれど、あまりの多勢に、有蓋も息が上がってきていた。

「くそ・・・っ!キリのねぇ・・・っ!!」

 肩で息を繰り返し、チラチラと聡里を気にしながら武装の男の相手をする。

 そこに隙ができてしまったのだろう。

 有蓋の背後から迫る武装兵に気付いた聡里は、その時、考える間もなく脚が動いていた。

「あぶない・・・っ!!」

 有蓋の躯を力いっぱい押し、何とか間に合ったようだった。

「・・・・っ」

 痛みを感じ肩に目をやると、どうやら槍が掠ったらしい。

 咄嗟に飛び出してしまったが、こんな武器で出来た傷など初めてだ。

 ジワジワと痛みが広がる感覚を感じていた。

 有蓋に力強く引き寄せられ、怪我を負った部分の衣服を破かれる。

 どうやら深手には至っていないらしく、ホッと安堵している気配が見て取れた。

「ちっ。なんて危ねぇことしやがるんだ!」

 口の割りに苦笑して。いい様、有蓋は聡里を庇うように己の背の後ろへ追いやった。

「おい!姫に刺さったらどうするんだ!」

 武装兵たちにも動揺が走った。

 それもそのはずである。聡里が目的なのだから。

「多少傷つけてもいい。とにかく耶西様のところまでお連れするんだ!」

 リーダー格の男の言葉に、周りの男たちが一気に沸きだった。

 槍を構え直す様子に、聡里はキュッと口唇をかみ締める。

「耶西だって・・・?」

 ふと上から聞こえた言葉。

 顔をあげると、有蓋が険しい顔をして武装兵たちを睨みつけていた。

「捕えろ!!」

 合図と共に一斉に掛かってきた武装兵たちに、有蓋は聡里を庇いながらも応戦をした。

 しかし武装兵たちの数はあまりに多く・・・。

 苦戦している有蓋に、聡里は何かできることはないか・・・と考えるが、今の聡里に出来ることなど何一つとしてなかった。

 不意に誰かに腕を掴まれ、ハッとして振り返る。

「悪いがこのまま寝ててもらおうか」

 腹に痛みを感じた。それが、最後の記憶だった。

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