#5−2 柊-side

 ザクザクという足音と共に、柊たちは山道を歩いていた。

 その肩にはもちろん戦利品を背負って。

「こういうのもたまにはいい運動になっていいかもなぁ」

 そう口にしたのは、先頭を歩いている継嗣だった。

 陽に焼けた肌に少しばかり傷を負っていた。

 腐っても同業者といった所だろう。

 しかし応戦はしてきたものの、柊たちの梃子摺る相手ではない。

 その後ろを柊は歩きながら、先ほど奪った戦利品で継嗣の背中を小突いた。

「お前は暴れすぎだっての」

 今回の一番の功労者は継嗣ではないだろうか。

「っせぇよ」

 舌打ちをしてそっぽを向いた継嗣に、皆は顔をあわせて笑った。

「ま、これに懲りて俺らには手ぇださなくなるだろうさ」

 そう笑った継嗣は、戦利品を入れた麻袋に手を突っ込んだ。

「どうよ、これ」

「んぁ?何だよ。それ。・・・鏡か」

 継嗣が麻袋の中から取り出したものは、手の平サイズの小さな鏡だった。

「ああ。俺たちぁこんなモン必要もねぇ代物だからアジトには無かったが、きっとアイツは欲しいだろうからな」

 継嗣の言うアイツが聡里のことだということは、そこにいる誰もが解ることだった。

 王族の上、事情で一国の『姫』だったのだ。毎日大きな姿見で己の姿を映していたことだろう。

「そりゃあアイツが元々使ってたモンよりチャチかもしんねぇけど、無いよりかマシだろうよ」

 小さな鏡。けれど、その裏面には美しい細工が施してあった。

 大事そうに鏡を撫でる継嗣を、柊は目を細めて見やる。

 傍から見てとても幸せそうだった。

 ・・・これでいい。

 出かけにみた二人の情事には胸も痛んだが、笑いあう二人を見るとホッとする。

 しかし、柊は知らなかった。この後に見ることになる惨状を・・・。






 アジトに近づいた頃のことだった。

「・・・んだぁ?」

 アジトに近づくにつれ、何かきな臭いものを感じていた。

 よく見ると、アジトあたりの上空に煙が上がっているではないか。

 誰か火事でも起こしたのか?などとふざけている場合ではなかった。

「ちっ。敵襲か・・・っ!」

 なんというタイミングの悪さだろう。

 まるで、柊たちが出払っていることを知っているかのような間合いだ。

 一斉に走り出した柊たちは、そこに見えたアジトの姿に皆、眉を顰めた。

 新しくなったアジトが煙を出し所々崩れているのだ。

「悪ぃ。部屋見てくるわ」

 言い様、継嗣は己の部屋の方へと走っていった。

 きっと聡里が心配なのだろう。

 柊はそれを見送り、後方部隊に合図をする。

「お前ら!とりあえず仲間が先だ。中で命張ってるヤツらを助けるぞ!」

「頭、何当たり前のこと言ってんスか!」

 当然でしょう、と武蔵野が真っ先にアジトへと入っていった。

 後の男たちも口々に同意し、武蔵野の後を追っていく。

 それに柊は少し口端を吊り上げ笑ったのだった。







 あたりを見回すようにしてアジトに入ってみると、思ったよりも破壊はされていないようだ。

 何か壊したくないものでもあったのか、それとも・・・。

 柊たちはあちらこちらで遣り合っている仲間を助けながら、中に進んでいった。

 その中に聡里の姿も継嗣の姿もない。

 継嗣は聡里をちゃんと見つけられたのだろうか・・・。

 予感が外れていなければ、この軍人たちは・・・。

「頭!!」

 短剣を片手に走ってきたのは有蓋だった。

「どうなってんだコレは。何かわかることはないのか?」

 呼吸の乱れている有蓋を落ち着かせてやりながら聞いた。

「耶西の所のお抱え兵士みたいッス」

 長い間戦っていたのだろう。有蓋は繰り返す肩で呼吸をしている。

「耶西だぁ?」

 柊は小さく舌打ちをした。

 予感が当たってしまったのだ。

 盗賊生業をしているが、軍人が直接乗り込んでくる例は少ない。

 大盗賊ということなら話は別だが、普通は現行犯でない限り軍がこんなところまで出てくるわけがない。

 それなのに軍人に襲われたということは、おそらく聡里が目的だろう・・・と。

「で、姫さんは?」

「やつらに・・っ」

 柊は舌打ちをして、有蓋を押しのけるようにして走り出した。

「頭!!」

 後ろから有蓋の呼ぶ声が聞こえたが、そんなもの耳にも入ってこなかった。

 聡里が攫われていく。その事実に焦るあまり、柊は何度も瓦礫に脚を取られながらもアジトの外へ走っていく。

 アジトの外へ出た柊は、視線を張り巡らせた。

 不意に少し離れたところから馬の鳴き声が聞こえることに気付く。

 走らせてしまったら手遅れだ。そうなる前に・・・!

 柊は土を蹴るようにして走り出した。

 敵はどうやら少数で来たらしい。木陰で息を潜め、1台の馬車と数頭の馬を目で確認した。

 武装兵たちは柊に気付くこともなく、聡里を馬車の中へと連れ込もうとしていた。

「おい、まさか死んでないだろうな」

「気絶しているだけさ」

「ならいいが。死なせるなよ。耶西様にどやされるからな」

 聡里はぐったりとしていたが、どうやら命に別状は無いらしい。

 遠目からみたとき、そのことがまず気がかりだった。

「解ってる解ってる。・・・にしても、相変わらずお人形みてぇな顔してやがる」

 聡里を担ぎ上げている男が、聡里の顔を覗き込みながら言った。

 それを初めに皆が口々に好き勝手なことを言い出した。

「・・・つれてく前にヤっとくか?」

「・・・つれてったらできねぇだろうからなぁ」

「前に裏でこのお姫様をヤったヤツラ、処罰されたらしいぞ」

「ああ、耶西様ご執心のお人形だもんなぁ。こえぇこえぇ」

 大笑いする兵士たちに、柊はこれ以上我慢が出来なかった。

 近くに落ちている太目の腐った木の枝を拾い上げ、少し離れた所に放り投げた。

 ガサッ

「誰だ!!」

「ぬっ。まさか盗賊のヤツラか!?」

 兵士たちは音のした方向に一斉に槍を向けた。

―――馬鹿が。

 その隙に柊は、聡里を乗せている場所に襲撃をかけた。

 服の内に潜ませていた短剣で馬車の御者の首を一息に切り裂くと、後ろにある仕切り布を力任せに剥ぎ取った。

 その時にようやく気がついた兵士たちが駆け寄ってくるがもう遅い。

 聡里を抱き上げた柊は、馬車から飛び降りるとアジトの方へと走り出した。

 聡里を抱きかかえたままでは圧倒的に不利だ。

 ここは継嗣たちと合流しなければ。

 兵士たちに背を向け走る中、ゾクリとする悪寒に柊は躯を捩りながら跳躍した。

 その瞬間、兵士が放ったらしい槍が地面に突き刺さる。

「逃すな!!」

 走りよってくる兵士たちを尻目に、槍を避けながら走った。

 とにかく捕まるわけにはいかない。

 柊は聡里を抱えなおし、土を蹴った。

「止まれ!!」

 何度も降ってくる槍に、柊はその度に横っ飛びをし避けた。

 しつこい追跡に、柊の呼吸が乱れ始めてきたその時だった。

 突然地面が崩れ落ちだしたのだ。

「な・・・っ!!」

 周囲に生えている木々をも巻き添えにするような山崩れ。

 それには兵士たちも驚いたのか、何かを叫びながら後退していく。

 何かに掴まろうにも、何もかもが一緒に落ちていく。

 柊は咄嗟に聡里を胸にきつく抱きしめた。

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