#5−3 聡里-side

 目を覚ますと、目の前に焚き火が上がっていた。

「・・・?」

 上半身を起こせば腹に激痛が走り、そこで初めてアジトを襲われたことを思い出した。

 半壊していくアジト、武装した男たち・・・。

 ・・・ここはどこなのだろう。

 あたりを見渡してみたが、ここはどうやら小さな洞窟の中のようだった。

 何故か服を全く纏っていない状態にあった聡里は、少しだけ肌寒さを感じていた。

 それでも薄い布が掛けられていたことだけが救いだったが。

 聡里の最後の記憶は、武装した男によって腹を殴られたところで終わっていた。

 ・・・とすれば、ここはその武装した男たちに連れてこられたのだろうか・・・?

「起きたか」

 突然聞こえた声に躯を震わせるも、そこに立っていたのは柊だった。

「川に落ちてな。服、濡れたから脱がせたけど、何もしてねぇから」

 そういえば微かに川の音が聞こえてくる。

 聡里は小さく顔を振り、返事という返事をしなかった。

 それに気にした風でもない柊は、どうやら川で魚を取ってきたらしく、未だ跳ねている生魚を棒で串刺しにしていた。

 それを焚き火の傍に刺すと、聡里の向かい・・・焚き火を挟んだ向こう側に腰を降ろした。

「朝になったらアジトに戻るぞ」

 その言葉に聡里はキュッと口唇を噛み締める。

 半壊したアジト、傷ついた仲間たち・・・。

 アジトの皆は無事だろうか・・・。

「・・・きっと大丈夫だ」

 ハッとして顔をあげた。

 その拍子に潤んでいた目から涙がこぼれそうになり、慌てて手の甲で拭う。

「・・・俺たちは敵なしだからな」

 柊はハッと小さく笑うと、焚き火に枯れ枝を投げ込んだ。

「・・・僕の所為で・・・」

「誰の所為でもないさ。ま、エロジジイの所為ってのはあるかもな」

 ほら、と差し出された串刺しになった焼き魚と柊とを交互に見つめ、それを礼を言いつつ受け取る。

 しかしそれに口をつけることはできなかった。

 魚がどうとかじゃない。

 柊は『誰の所為でもない』と言うが、あれは明らかに聡里を目的としたものだったのだ。

「でも・・・」

「るせぇ。チャッチャと食って寝ろ」

 そういう柊は、既に半分食べ終わっていた。

 それをしばらく眺め、聡里も一口二口と口をつける。

 ふと肘やら脛やらが少し痛むのに、聡里はその痛む部分をゆっくりと撫ぜた。

 それに目ざとく気がついた柊が、食べ終わって骨だけになった串を放り投げ聡里を見やった。

「ん?怪我か?」

「あ、いえ・・・。ただの擦り傷・・・」

「見せてみろ」

 言葉が終わる前に、力強く腕を取られジッと見られる。

 何故だかお尻のあたりがムズムズするような、居心地の悪さを感じていた。

 柊は、腕、脚、と至る所の傷をしつこく見やった後、やがて納得したのかようやく腕を離してくれた。

「本当に擦り傷みたいだな」

 ・・・だからただの擦り傷だって言ったのに。

 聡里は内心膨れて、つい少しだけ柊を睨み見た。

 傍から見れば拗ねているだけに見えるだけだが・・・。

 それに柊は苦笑して聡里の頭を数回軽く叩く。

「姫さんは遠慮しがちなところがあるからな」

 叩いた後、何故かパッと腕を離し舌打ちをした。

 その様子に聡里は首を傾げながら、柊がゆっくりと洞窟の壁に背を預けるのを眺めていた。

 柊が不意に小さな声を上げたのはその時だった。

「・・・・っ」

 初めは何なのか解らずにいた。

 怪訝に思った聡里は、ジッと柊を見上げ見つめた。

 そこにはしまったという顔をしている柊が、わき腹を僅かに押さえていた。

「・・・柊・・・さ・・ん・・・?」

 もしや・・・と思った。

「怪我して・・・?」

 柊のチッと舌打ちする音が聞こえ、聡里は確信した。

 柊はわき腹に怪我を負っていたのだ。

「たいしたことじゃない。・・・ちょっと打っただけだ」

 本当だろうか・・・?

 聡里に隠していたのは、たいした事じゃない程度の怪我じゃなかったからではないのだろうか。

 思えば、川に落ちるだなんて、どういう状況だったのだろう。

 柊に対して聡里といえば、こんな些細な擦り傷しかないというのに。

 柊が聡里を庇い怪我をしたことなど、どう見ても明らかだった。

「ちょっと・・・見せてください・・・」

 聡里は四つん這いで柊へとにじり寄った。

「いい。触るな」

 聡里の伸ばした腕を軽く払われる。

 それでも聡里は諦めない。

 軽く指先が、柊のわき腹に触れた。

「い・・・っ!!!」

 うめき声を上げて、その場に突っ伏する柊に、聡里は慌てて手を引っ込めた。

「柊さん・・・っ!」

 その場でオロオロと動き、あちらこちらに視線を泳がせる。

 どうしていいのかさっぱり解らなかった。

「・・・いい。どうってことない」

 柊がわき腹を押さえて、薄く開いた視線を聡里に送った。

 その額には汗が浮き出ており、見るからに苦しそうである。

 あまりの痛がりように、これがただの打ち身であるなどと、信じれるはずが無かった。

「折れてるんじゃ・・・!」

 聡里は衣服を持ち上げ、よく見ようとしたが、その腕を柊が掴みあげた。

「触るな。そんな大げさなモンじゃない」

 力強い柊に掴まれ、左手は動かなくなってしまった。

 それならば・・・と、聡里は右手で柊の衣服を捲り上げる。

 しかし、それももう片方の手で掴まれる。

 両腕を掴まれたまま、聡里は何とかその傷に触れようとするのだが、聡里の力ではどうにも無理があった。

 聡里は恨めしそうな目で柊を見上げた。

 柊は聡里に何もさせないつもりなのだ。

 実際、傷を見たからといって聡里ができることなど何もない。

 けれど・・・。

 しばらくそうしていた後、柊がひとつ溜息を吐き手を離した。

 聡里の視線に負けたのである。

 聡里は腕を解放されたと見ると、恐る恐るその傷ついた箇所を見つめた。

「・・・っ」

 素人目では折れているかいないかなど解らない。

 けれど、真っ赤に腫れ上がり、所々切れて血が出ていた。

「・・・ごめんなさい」

 聡里を庇って怪我を負った柊。

 何度も同じ言葉を呟いた。

「・・・姫さんが悪いわけじゃないって、さっきも言っただろうが」

 だから見せるの嫌だったんだ、と柊は聡里の腕をやんわりと払った。

 それでも聡里は傷から目を離すことは出来なかった。

「・・・おい、姫さん・・?」

 何故そう思ったのだろう。

 その傷を見ていたら、急に・・・。

 聡里はゆっくりと傷に口唇を寄せた。

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