#4

 それからというもの、智早はハジメの前によく現れるようになった。

「よぉ」

 目の前に立ち塞がる影に、ハジメは眉を顰めた。反対に、智早は口許を吊り上げ、目は完璧に笑っている。

「・・・また、貴方ですか・・・」

 溜息混じりにハジメが言う。

 ほとほと呆れていたのだ。そこまで暇なのか・・・と。

「なんだよ」

 ハジメの言い草に一度はムカっときたものの、またニヤニヤと笑い始める。

 そして、ハジメの耳許でくすぐるように囁くのだ。

「一度は寝た仲だろ?」

 全身に虫唾が走る思いをする。

 ハジメは即座に反応して後ろへ下がると、目を吊り上げた。

「あれは・・・っ」

「強姦だったって、いいたいわけ? けど・・・お前も愉しんだだろ?」

 智早の舐めるような視線が痛い。

「そ、んなわけ・・・」

 言われなくても解かっていた。・・・感じていた、と。

 弱く反論した声は途中で止まる。

 何故なら、下肢にある敏感な部分を握られたのだ。

 不意の出来事で、思わずハジメの口から声が漏れた。

「ここをさぁ、あんなにおったててケツ・・・振ってたくせに?」

 智早はハジメの敏感な部分を掌で包んだまま、緩やかに強弱をつけてやんわりと握り込んだ。

 経験の乏しいハジメは、ちょっとした刺激に弱い。ましてや、手馴れた智早の手にかかるとたちまち躯の芯に電流が走り、脚ががくがくと震えだす。

 ハジメの意思とは関係なく、柔らかな口唇からは甘い吐息混じりの声が漏れる。

 ハジメの躯の変化に気付いた智早は、ハジメの顔を覗き込むようにしてハジメの前髪を掻き揚げた。

「勃ってきたじゃん」

 薄笑いで言われ、ハジメは屈辱感でいっぱいになる。

 敵わないと解かっていても、智早の胸に両腕を突っぱねる。

「や・・・めて・・・っ」

 やっとのことで出した声も、終わると同時に智早の口唇に掻き消された。

 生暖かいものが歯列を割って、ハジメの舌に絡みつく。

「――っ」

 突然呻いた智早がハジメから離れた。口唇の端は血で滲んでいた。

 舌先で舐めると、口許を吊り上げた。

「上等じゃん。ついてきな」

 腕を掴まれ引きづられそうになったハジメは、思いっきり体重をかけてそれを防ぐ。

「な・・・んで」

 何故智早についていかなければいけないのか。

 ハジメが言う前に智早は先手を打つ。

「バラされたくなかったら言うことをきくことだ」

 衝撃だった。まさか脅されるとは思わなかった。

 ハジメは歯をくいしばり、智早を上目遣いに睨む。

 その様子さえも面白がっているのか、智早は笑っていた。

 そして、決心したようにハジメは脚を進ませた。






 カーテンが揺れる中、智早は隣りで眠っている少年の顔を眺めていた。

 頬をつつくと、くすぐったいのか少し呻いた。

 ・・・可愛い・・・・・・。

 ハジメの頭を、思わず優しく撫でる。

――アイツ、俺のこと好きだからさ。

――先輩を悪く言うな。

 智早は、ハジメが生田を好きなことを思い出す。

 ジャア オレ ハ――?

「ん・・・」

 ハジメの漏らした声で、智早ははっと我に返った。

 俺、今・・・?

 智早は思わず口を押さえた。

 突然の思考に自分で驚いていた。何故、そんなことを考えたのか・・・。

 あまりの驚愕に身を固めている智早をよそに、意識を戻したハジメはうっすら目を開けてから、今の状況に気付いて勢いよく智早から離れた。

 視界の隅でハジメが起きたことを知った智早は再びハジメを見ると、ハジメは既にベッドから降りて身支度を始めていた。

 焦りながらギクシャクと釦を嵌めるハジメの手元を見詰めていた智早は、その光景に微笑んだ。

「よかっただろ?」

 智早にとっては何気ない一言だったのだが、それを聞いたハジメの手がピタリと止まった。俯いたままの顔が瞬く間に紅くなる。

「いいわけ・・・ないでしょう」

「そ?」

 それでも智早はニヤニヤとハジメを見詰めていた。

 ハジメは智早の視線に気付いていたがチラリとも見ず、一心で制服を着込んでいる。

 こっち、見ないかな・・・。

 微動だにせず、ジッと見ていた智早は、不意に着替え終えたハジメが自分を見たので、嬉しくなってベッドの上に座りなおした。

「・・・貴方には解からないでしょうね」

 ハジメは踵を返しドアまで歩いていった。その背中に智早が問い掛ける。

「ナニそれ」

 扉を開けながら、それでも智早の耳にははっきりと届いた。

「僕は貴方みたいな人、大嫌いです」

 扉の閉まる音だけが鳴り響く。

 それほど強く閉めたわけでもないのに、それほど大きな音がしたわけでもないのに・・・――。

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