#5

 その日もハジメは生徒会室にいた。

 いつものごとく、生徒会室にはハジメと生徒会長しかいなかった。

 ハジメはいつもどおり、右手にホッチキスを持って数枚のプリントをパチンと留めていく。

 黙々とプリントを束ねていると、会長は耐えかねたのか机を一度叩くと明らかに苛ついた声を張り上げた。

「生田はまだかぁ!?」

 議会が始まる時間の予定より、既に30分が過ぎていた。

 きっとまだ部活だな・・・と舌打ちをして呟くと、ハジメに声をかけた。

「悪い、坂遠。呼びに行ってくれないか」

 議会は全員揃わないとできない。

 ハジメは苦笑すると、腰をあげて体育館へと脚を向けた。

 バスケ部のエースはいつも部活に夢中になって議会に遅れる。きっと議会のことなど頭の中からすっぽり抜け落ちているのだろう。

 その度にハジメは出迎えに行っている。しかし、全然苦痛ではなかった。

 体育館に近付くと、活気のある声やら音やら、色々聞こえてきた。 

 扉を開けると、真正面でバスケ部がフルコートを使った練習をしていた。どうやら試合形式らしく、応援の声がやまない。コートの中心にいるのは、やはり生田だった。

 何度みてもかっこいいと思う。ハジメははっきりいって運動神経がいい方ではない。生田のようになりたいと切実に思うのは、誰もが思っていることかもしれない。

「・・・かっこいい・・」

 無意識のうちの口に出していた。

「そんなにかっこいい?」

 夢心地で、疑問も持たずに答えていた。

「すごく・・・」

 答えたとたん、我に返る。

 勢いよく振り返ると、そこには険しい顔をした智早がハジメを睨んで立っていた。憎しみにも似た表情で、射るようにハジメを見詰めている。

 口唇を噛み締めて眉を寄せたハジメは、無視をするように視線を戻した。

「そんなにいいか?」

 誰がとは言わなかった。智早はハジメが誰を見ていたかなど知っていたから・・・。

 智早の声は怒気を含んでいた。智早になど眼中にないとでもいうように顔を逸らしたハジメに苛々していた。

 しかし、智早にはもう関わるつもりなどさらさらないハジメは、そのことに全く気付かなかった。

「何かいえば?」

 それさえも無視され、智早はますます焦れていた。しかも、そのまま何も語らず去ろうとするハジメに、智早はついに実力行使にでた。

「待てよっ」

「触らないで・・・っ」

 掴まれた腕を一瞬にして振りほどくと同時に、ハジメの腕は智早の頬を掠った。

「・・・ってェー・・・っ」

 細い紅い線が出来ていた。智早が患部を擦ると血が滲み、ますます痛そうに見える。

 智早に怪我を負わせるつもりはなかったハジメだったが、ここで謝ってしまったら駄目だと思い、強く拳を握り締めて精一杯智早を睨み付けた。

「・・・僕に・・・話し掛けないで、下さい」

 その声は、小さかったが智早の耳まで聞こえた。

 言った拍子に目を伏せてしまったハジメは智早の変化に気付かず、再び腕を掴まれてしまう。しかも今度は両腕で、どんなにもがいても力では敵わなかった。

 しかしハジメは抵抗した。なんとか振りほどこうとするが、少しも緩まずに息だけが上がっていく。

「俺とアイツの何処がそんなに違うんだよ!?」

 きっと智早ではなく、これが生田だったならハジメは抵抗もしないのではないかと思った。

 そう思うとますます胸が痛くなる。何故こんな思いをしなければいけないのか。

 こんな思いをしたくなければハジメを放っておけばいい。けれど、それは出来ないことだった。何故だか解からない。でも、嫌われていると解かっていてもハジメを構っていたい。

 目の前には、今にも泣きそうな顔をしたハジメがいる。このまま手を離せば一目散に逃げ出してしまうのだろう。

 そんなことは容易に想像できた。無理矢理に智早が引き止めているのだ。

 だから、この手を離せない。

 どんな反応をされるか解かっていても、構わずにはいられなかった。

 こんな気持ちになったのは初めてだった。何故こんな風に思ってしまうのか・・・。

「あなたと先輩とじゃ、天と地ほども違うじゃないかっ」

 智早は目の前にあるハジメの形相に息を呑んだ。

 両腕を拘束されたままで、なおも必死に智早を睨み付けていたのだ。

 ハジメはいつもそうだった。智早が何をしようと睨み付けるだけで・・・。

「先輩は優しいです・・・。僕の・・・尊敬する人だ」

 呼吸を整えて言うハジメの口調はあまりに静か過ぎて、口を挟むことも問われるほどだった。

 智早を睨んでいた目を、今では俯けている。この違いは何なのだ・・・。

「俺と一緒にお前を犯した奴だぜ?」

「それは・・・っ」

 ハジメの噛み締めた口唇が見える。強く噛んでいるのか、軽く震えているように見えた。

 智早はハジメの腕を拘束したまま、俯いているハジメの頭を見詰めていた。

 長い間見詰めていたが、結局ハジメは顔を上げなかった。

「・・・そんなに、アイツのことが好きなのかよ・・・」

 唸るように言ったその言葉はハジメには微かにしか聞こえず、ハジメは思わず顔を上げた。

 顔を上げたとたん、ガクンと視界が揺れた。

 小さく悲鳴を漏らしたが、それも長くは続かなかった。

 拘束された腕を強引に引き寄せられ、悲鳴は智早の口唇で塞がれたのである。

 その頃交代を受けて、マネージャーからタオルを受け取った生田は、聞き覚えのある声に振り向き眉を顰めた。

「・・・あーあ・・。アイツら・・・」

 目立ちすぎだよ・・・と、一人呟きながら、呆れた顔で脚を向けたのだった。






 「離して・・・っ」

 ハジメはとにかく抵抗していた。

 智早は何が何でも引き寄せようとしていた。

 二人が同じことを繰り返し息が上がってきた頃、突然第三者の手で止められた。

 そのとき生田が割り込まなければ、いつまで続いていたか解からないだろう。

「何やってるんだよ、お前ら」

 生田が呆れた声を二人にかけた頃には、上がりっぱなしの呼吸は肩で息をするほどに達していた。お互いに呼吸も荒く睨みあっている。

「坂遠、悪かったな。俺を呼びに来たんだろ?すぐ行くから先に戻っててくれるか」

 ハジメと智早の視線が一斉に生田に向いた。

「おい、透司っ」

「いいから行け」

 智早の責める声を無視してハジメに顎をしゃくる。

「・・・ありがとうございます」

 ハジメは生田に一礼すると、体育館を後にした。

 その後姿に口を開きかけた智早だったが、何も言わなかった。

 そんな智早を生田はジッと見ている。

 生田が智早を見ていることなど知らない智早は、目尻を吊り上げて、ハジメの後姿をただ見ているだけだった。

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