#6
ハジメの後姿を黙って見詰めていた智早は、ハジメの姿が消えたとたん生田に食いかかった。 「おいっ、ナニ邪魔してんだよっ」 智早が生田の胸倉を掴んだ。憤っている様子は誰が見てもバレバレだろう。 反対に、生田は始めから冷静で、智早の掴んでいるシャツには目もくれなかった。 それどころか、怪訝な顔で智早を見たのだ。 「・・・何ムキになってるんだ?お前・・・もしかして・・・」 「あ?」 意味深に呟く生田に智早も眉を顰めた。 何を言ってるんだ、と智早は目で訴えていたが、生田は構わず続けた。 「お前・・・坂遠のことが好きなのか?」 智早の動きがピタリと止まった。驚愕の瞳で生田を見る智早の目は焦点が合っていない。 俺が・・・アイツを・・・? 生田はシャツに掛かっている智早の手をやんわりと外すと、動揺している智早に向き合った。 「お前がそんなにムキになるところ、初めて見たよ」 それはからかっているようで、尚更智早を赤面させた。 智早が赤面するほど動揺するところを見るのも初めてな生田は、もっとからかいたかったがとりあえずはやめておく。 「お前って、いつもどこか身が入ってないんだよな。心がないっつーの?だから余計に躯、求めちゃうんだろ?」 知ってたよ・・・とどこか遠くを見るように生田は言う。 そんな生田の声を智早はそっぽを向いたまま、黙って聞いていた。 「今まで散々色んな奴と寝てきたお前も、やっとホンキで恋が出来たんだな」 弾かれたように生田を見た。 そこには穏やかな顔をした生田がいた。いつも生田はそうだった。 どんな時でも智早の見方で、いつも助けてくれていた。 くすぐったくて考えないようにしていたが、ハジメの言うとおり、生田は優しい奴だったんだ。 「よかったな、智早」 「・・・透司・・」 涙が出そうに嬉しかった。 たとえ自分の気持ちに気付いてなかったからといって、ハジメに言った数々の生田に対しての暴言を謝りたかった。 アレは決して本気で思っているわけではない。気が付いたら言っていたんだ、と。 本当なのだから仕方がない。あまりにハジメが生田を慕うものだから、つい口から出てきてしまったのだから。 生田が智早の肩に手を置いた。智早も生田を見た。 今なら素直になれる気がした。 「ま、坂遠は俺に惚れてるけどな」 そのとき、智早の額に血管が浮き出たのは、言うまでもなかった。 食べ終わった弁当箱を鞄へと入れていたハジメのところへ、ニヤニヤと特に用事も無いのに神田が脚を忍ばせてきた。 神田を見たハジメは、また来たのか・・・と言わんばかりに呆れた顔をした。 ここのところ、神田は昼休みにそれも弁当を食べ終わった頃になると、いつもハジメのところへやってくる。そして、毎日同じことをいうのだ。 「そろそろ来るぜ」 聞きなれた言葉に、ハジメはウンともスンとも言わなかった。 その瞬間、教室の扉が開いた。 その場にいた全員が注目する中、その人物は一目散にハジメの元へ駆け寄り、にっこりと笑っていつもと同じにハジメをこう呼ぶのだ。 「ハジメちゃん←」 最初のうちは止めてくれと頼んだハジメだったのだが、今ではもう何も言わない。たとえ言ったとしても、直してくれないのだから仕方ない。 ハジメの前に来た智早は、ハジメの手を取り握り締め、自分は机の前にしゃがみこんだ。 気になるのは語尾のハートマーク。いつだったか、昼休みにこうしてハジメの教室に訪れた日から、智早は同じことを繰り返し言っていく。 「おれ、ハジメちゃんのことが好きなんだ」 腕を思いきり振り上げて智早の腕から逃れたハジメに、智早は尚も後押しするように囁きかける。 「ね、御願いだからさ、俺のこと好きになってよ。それで俺と付き合お?」 首をかしげて言う智早。人目を憚らず言うものだから、すっかり校内公認となってしまっていた。 言われ始めてもはや半年も立つというのに周囲の注目度は高い。何しろあの麻生智早がたった一人、それも真面目な年下を無我夢中で口説いているというのだから。 「お断りします。僕は男に興味などありませんから」 このハジメの一言も毎日同じことであった。 最初のうちはもちろん戸惑っていた。何の企みだろう、と怯えてさえいたのだ。 しかし、次第に戸惑いよりも苛立ちが増してきてしまった。 あんなに人を人と思っていないような扱いをされていたのに、今では何だ、と。 ハジメの口調が冷たくなるのも無理は無かった。 麻生智早は同じ人間に振られ続けているのだ。 「いいじゃん。付き合おうよ。きっと楽しいよ?」 智早がハジメに笑いかける。それを羨む人もいるのだろう。しかし、ハジメから見たらすべて戯言であった。初対面の時のことを忘れることも無く、よくそんなことが言えたものだと思う。 しかし、智早は変わった。 以前とは一変して優しくなっていることに、ハジメは気が付いていた。 だからといって、あの日のことを許せるかといったら、そんなことは出来ないのである。 簡単に忘れることができるのならば、とっくにそうしていたのだ。 とにかく、智早はどんな場所でもハジメを見かけると、常に『好き』を連呼していた。 その日の放課後も、議会のために生徒会室にいたハジメを見付けては口説き始めた。 「ねェ、何で好きっていってくんねェの?こんなに俺が口説いてんのに・・・」 電卓を片手に予算の計算をしているハジメの横に座って、わき目も振らず話し掛けている智早に、ちらりとも目を向けずにハジメは黙っていた。 生田も会長も、その光景には既に慣れていたが、最近冷たくあしらわれている智早が可哀相になってきていた。 「な、なぁ、坂遠。生徒会の仕事はもういいからさ、少しはそのぉ・・・なんだ。付き合わなくても相手くらいしてあげたら・・・どうだ?」 遠慮がちに言う会長に見向きもせず、一心に電卓を叩きつづけながらハジメは言った。 「駄目です。今日中に経費や予算額をまとめてしまわないと、明日の予算委員会までに間に合いません」 「・・・ハジメちゃん、冷たい・・・」 ガックリと肩を落とす智早と同時に生田が進言した。 「坂遠、ちょっとだけでいいから智早の相手してやれないか」 電卓の叩く手を止めたハジメは生田を困ったような顔で見詰め、それから智早を見た。 「ちょ、ハジメちゃんっ。何で透司だと素直に聞くんだよっ」 会長も全くだ、と頷きたいところである。 理不尽だっ、不公平だっ、と言う智早から視線を背けたハジメは再び電卓を手に取った。 「・・・邪魔をするなら帰って頂いて結構ですよ」 その場にいた誰もが凝固し、嫌な沈黙が辺りを包んだ。 我に返った智早は、酷いっ、と言って喚き散らし、会長と生田にうるさいと言われるはめになり、そんな中で一人冷静に作業に戻るハジメは結構なツワモノなのかもしれない。 |
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