#4
解かっていたはずなのに。 ―――はっきり言って、呆れています。 それは自分に向けた言葉だった。 実は、ハジメには以前から思っていたことがある。 それは、智早がハジメを好きになったのは、ハジメが智早になびかなかったからではないのだろうか。 今まで考えないようにしてきたことが、不安になるといつも浮かぶことであった。 いつかは自分から離れていくのだろう。 それでもハジメは向き合うことを決めたのだ。智早の傍にいるために。 智早が離れていってしまう時は潔く身を引こうと決めていたのに・・・。 それなのに責めるようなことを言ってしまった。 貪欲なまでの自分が呆れるほどに嫌気がさす。 「待った?」 声を掛けられてハッと我に返ったハジメは、思いふけっている間に松野が間近に立っていたことに気がついた。 どうやら待ち合わせに早く来てしまったおかげで考え込んでしまっていたらしい。 「あ、いえ。じゃぁ・・・」 朝言っていたお礼の為に校門の前で待ち合わせをしていたのだ。 ハジメは笑って答えると、学校付近にあるファーストフードへと松野と共に歩きだした。 「ちょっと待ったっ」 数歩も歩かないうちに、背後から声が聞こえてきた。 ハジメは聞き覚えのある声にハッとして振り返った。 「・・・先輩・・。何でここに・・・」 同じ校門を使うのに『何で』もないのだが・・・。 智早はハジメと松野を交互に見遣ると、ハジメに視線を戻し唸るような声で低く言った。 「・・・二人してどこ行くんだよ」 智早の瞳がハジメを射るように見詰める。 「・・・先輩には関係・・」 「関係あるって言ってんだろ!?」 智早の腕がハジメの肩を強く掴んだ。 殴られそうな勢いに、ハジメは思わず目を瞑る。 「おい・・、乱暴するな」 「お前は黙ってろよっ」 あまりの剣幕に見兼ねた松野が智早を制したが、それさえも智早は跳ね除けた。 「・・・だいたいお前は何なんだよ」 掴んでいたハジメの肩をゆっくり離す智早は、松野をきつく睨み付ける。 「先輩・・・っ。松野さんは・・・」 智早は、松野を睨み付けたままでハジメの腕を掴んだ。 何を言おうとも、智早はハジメの言葉を聞こうとしない。 「ハジメちゃんを助けてくれたのは感謝してるけど・・・これ以上コイツに構うなよ」 「先輩・・・っ!!」 ハッと、智早がハジメを見た。 ハジメは俯いたままだったが、泣いているような気がして智早はその顔をそっと覗き込んだ。 「・・ハジメちゃん・・・?」 泣いてはいなかった。いなかったが・・・。 「・・・今日は松野さんにお礼がしたいんです・・」 今にも泣きそうな顔だった。 それに智早は何も言えなかった。 「・・・ごめんなさい」 ハジメの伏せた睫毛が震えている。 ハジメ自身、気付いていた。自分の握った拳が震えていることに。 行こう・・・、と松野に促されたハジメは、黙ってハジメを見詰めている智早に一瞬だけ視線を送ったが、そのままその場をあとにした。 それを智早は、ただ見送ることしかできなかった。 注文をすませたハジメと松野は窓側の席につく。 「ごめんな、図々しくお礼してもらっちゃって」 最初に口を開いたのは松野だった。 その時校門で智早と別れてから、最低限のことしか話していなかったことに気付く。 「あ、いえ。僕のほうこそありがとうございました」 男が襲われているところを助けるなんて、そうそうないのだろう。 しばらく何の変哲もない世話話が続いた。 「・・・今、麻生と喧嘩中なんだって?」 それは唐突に言われた言葉だった。 ハジメはハッとして顔を上げる。 なんで・・・、と呟くハジメに松野は苦笑した。 「有名だよ」 ハジメは無言で俯く。 日頃から派手な智早は、常にあることないこと言われていたが、そんなことまで回っていたのか・・・とハジメは少し困惑していた。 気付いていなかったのはハジメだけで、傍からみたらバレバレなのだが・・・。 「話してみれば・・?少しは楽になるかもよ」 ハジメは俯けていた顔をゆっくりと上げた。 松野は何事もなかったかのようにハンバーガーを頬張っていた。 「・・でも・・・」 ハジメの目が泳ぐ。 そんなことをまだ逢って間もない松野に言ってもいいのだろうか。 ハジメは、言うか言うまいか迷っていた。しかし、目があったとき微笑む松野に、ハジメは口唇を開けた。 「・・・麻生先輩と、生田先輩が・・・その・・キ・・ス・・・して・・て・・・」 「それで?」 ゆっくりとたどたどしく言うハジメに、松野は話しやすいように相槌を入れた。 伏せた瞼を一度あげたハジメは、その瞬間に松野と目が合ってしまい再び目を伏せた。 「それ・・で、やっぱり先輩は・・・」 「本気じゃないって?」 言葉を途切れさせたハジメに、松野が続きを言うように続けた。 本気だ、と言っていた智早を信じていないわけではない。 しかし、それがいつまで続くのか解からない。今日、明日かもしれないのだ。 ハジメが悩んでいることを何故松野が知っているのだろう、と少し疑問にも思ったが、智早が生田の知り合いだと言っていたのを思い出し、生田に聞いたのかもしれない、と頭の隅で考えていた。 ふーん・・・と呟く松野に、ハジメはハッと我に返る。 「別れちゃえば?」 スラっと言われた言葉に息を詰まらせたハジメに構わず、松野はなおもハンバーガーを頬張っていた。 「もっとさ、自分だけを見てくれる人探しなよ」 少なからず、ハジメは傷付いていた。 その松野の言葉にではない。第三者から見てもそう見えるのだ、ということに。 「・・・そう・・ですね」 視界の滲む中、ハジメは考えていた。 やはり、自分から別れを言い出したほうがいいのだろうか。 いや、違う。智早からそれを聞くのが怖いんだ。 ハジメは食べかけのハンバーガーを、意味もなくジッと見詰めていた。 「で、さ。その後、俺と付き合わない?」 一瞬、何を言われたのか解からなかった。 何度か瞬きをしたハジメは、少し遅れてマヌケな返事を返す。 「・・は?」 前から好きだったんだ、という松野に、ハジメは目を泳がせて当惑していた。 そんなこと、一度だって考えたことなどなかったのだ。 智早のことで頭がいっぱいで、そんな余裕などひとかけらもなかった。 「かわいいな・・・って思ってたんだけど、麻生のお手つきだから誰も近づけなかったんだよなぁ・・・。でも、性格までこんなに可愛いなんて、もう諦められないってやつ?」 微笑いながら話す松野を、ハジメは無言で見詰めていた。 「ね?俺と付き合おうよ」 「・・・無理です」 迷わずに言った。理由は簡単だから。 「何で?アイツと別れるんだろ?」 「・・・・・・男同士だし・・・」 呟くように言ったハジメに、智早も男だ、ということを指摘され、ハジメはアっ・・・と声を漏らした。 「ふーん・・・。アイツは特別ってことか。・・・そうだよな。君に男同士なんて容易に認められないよな」 アイツと付き合うまでは、と続けた松野に、ハジメは目をそらすように瞼を伏せた。 しかし、次の瞬間には再び松野を見詰めたハジメは、迷いのない声で言う。 「・・・僕は、松野さんとは付き合えません。男で好きになったのは、麻生先輩が最初で・・・・・・最期です」 |
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