#6

 目が覚めると白い天井が見えた。

 はっきりとしない頭で考える。

 ・・・ここは・・?

「あ、気がついた?」

 カーテンが開く音がした方へ顔を向ける。

 その人物の顔をみて、今自分の状況を思い出した。

「・・・はい・・」

 教室の前で倒れたことを思い出したハジメは、顔を曇らせて上体を起こした。

 そのとき、右耳に激痛が走る。

「ああ・・・。耳、消毒しておいたからね。・・・まったく・・無茶をする・・・」

 痛さに小さく呻いたハジメに、松野は苦笑した。

 ハジメの頭を軽く叩いた松野をジッと見詰めると、ハジメは謝ってはにかむように笑った。

 今の頭を叩くところなんか生田にソックリだと思ってしまった。

 よく考えてみると、少しだけ二人は似ているかもしれない。

「え・・っと・・・。ここにいるのは僕たち・・だ・・・け・・・?」

 縋るように見上げるハジメに、松野は微笑って頷く。

「うん、そうだよ」

 それを聞いたハジメは瞼を伏せると小さな声で呟くようにして言った。

「・・・そう、ですか・・・」

 何を期待しているんだ・・・。

 智早がここにいるかもしれない、と思った。ハジメを、自分を心配して。

 終わりにしよう、といったのは自分なのに、未だにそんなことを考えている自分に自嘲する。

 それきり顔を上げないハジメを松野はジッと見詰めていた。

 本当は追い出したんだけど・・・。






―――君にこの子と一緒にいる資格はないよ。

 あの後、それでも出て行こうとしない智早に、松野は溜息を吐きつつ言った。

「あのさ、二人にしてくれないかな」

 すぐ様智早は異議を申し立てる。

「何でだよっ?」

 目くじらを立てて言う智早に、松野は冷めた目で返す。

 それも、今智早が言われたくない科白で。

「恋人だから、だろ?」

 智早は拳を強く握り締める。

 当然という顔で言う松野を睨みつけた。

「ハジメちゃんの恋人は・・・っ」

「今は俺だよ」

 智早が息を詰まらせて何も言えなくなる。

 口唇を噛み締めてこみ上げてくる激動を抑えていた。

 そんな智早を鼻で笑った松野は、智早の横をすり抜けてベッドで寝ているハジメの横に立った。

 ハジメに松野を近づけないように立っていたはずなのに、躯が全然動かない。

「俺は・・・認めていない・・」

 弱々しい智早の声が松野の耳にも入る。きっと離れている生田にも聞こえているのだろう。

「・・・お前が認めてなくても、実際はそうなんだよ」

「俺は・・・っ」

 智早を振り向かずに言った松野に、智早は何かを言いかけるが松野の言葉で掻き消された。

「お前の所為でどれだけこの子が傷付いてたか解かってないのか?」

 目線だけで智早をみる松野の言葉に、智早の躯はビクリと揺れた。

 思い出すのは先程の松野の言葉。

―――お前にこの子の恋人でいる資格はないよ。

「・・・確かに傷付けたと・・思うよ。けど、お前にならその資格ってのがあるってのかよっ」

 先程の声とは裏腹に、松野を睨みつける智早は糾弾するように怒鳴った。

「あるね」

 松野は目を細めてハジメの頬を撫ぜる。既に視線は智早をみていなかった。

「俺ほどこの子を想ってる奴はいないと思うよ?」

「俺のほうが・・・っ」

 ハジメに触れる松野の手を止めさせたいと思う智早だったが、今は・・・。

 最初に見たときは可愛いな、と思っただけだった。

 生田を見る眼差しが悔しくて、面白半分でからかったこともある。

 けれど、日を追うごとにその目に映りたくなった。自分だけを映してほしいと思うようになった。

 自分を避けるように見ないハジメにムキになって追いかけた。

 気がついたら好きになっていたのだ。

「そうかな。俺だったら、この子と付き合ってるのに他の奴とキスなんかしないよ」

「・・・っ。あれは・・・不可抗力だ・・」

「お前に隙があったんだろ?」

 その言葉にいつかの生田の言葉を思い出した。

―――・・・見てなかったらいいわけ?

 智早は答えなかった。そのとおりだと思っていたのだから。

 しかし、流石に自分の口ではいえなかった。それが、よくないことだと解かっていたから・・・。

「そ、れは・・・」

 目を伏せていいよどんだ智早に、松野はもう振り返りもしなかった。

「やっぱりお前に恋人の資格はないよ。さっさと出て行ってくれない?」

 しばらく誰も何も言わなかった。

 下を向いたまま立ち尽くす智早。

 しかし、握った拳に力を入れると、智早は唸るような声で言った。

「俺は・・・諦めない・・。俺だってハジメちゃんが好きなんだ。ハジメちゃんと元の関係に戻れるのなら・・・なんだってする。今までだって・・・そうしてきたんだ・・・っ」

 智早は強く松野を睨みつけると出口の方へ向かう。

 扉に手をかけた智早は、松野を睨み付けたままの目で後ろを振り返った。

「絶対に・・ハジメちゃんは渡さないからな・・・っ」

 バシン・・・っと大きな音を立てて扉が閉まった。

「・・・まるっきりガキだな。以前のアイツが嘘のようだ」

 松野は薄く笑いながら、残された生田と向き合った。

 相変らず生田は眉間に皺を寄せている。きっとずっとそうだったのだろう。

「・・・お前、何考えてるんだ?これ以上智早たちをかき回すなよ」

 生田の言葉に、松野は小さく笑った。

「最初にかき回したのはお前だろう?お前が麻生にキスなんかしなければこんなことにはならなかったんだから」

 目を細めて言う松野に、生田はますます眉を寄せる。

「・・・確かにな・・。けど、ここまでコトを荒げたのはお前だよ」

 松野は無言で笑うだけだった。

 これ以上話していても無駄だと思った生田は、智早の後を追うべく扉へ向かったのだった。






「迷惑をかけてしまって・・・すみませんでした」

 顔を俯けたままで言うハジメに、松野は笑って答える。

「迷惑なんかじゃないよ。君を運んだのは俺じゃないし、ね」

 生田が運んだんだよ、というと、ハジメは苦笑にもみた顔を見せる。

 それは、智早じゃなくて安堵しているのか、それとも智早は運ぶはずがないと初めから思っていたのか・・・。果たしてハジメが何を思ったのか、松野にはわからなかった。

「いえ。そうじゃなくて・・・、その・・付き合ってる・・・って・・・」

 言いにくそうに言うハジメに、松野はああ・・・と思い出したように相槌を打った。

「・・・ごめんなさい、利用してしまって・・・」

 シュンと耳が垂れているような感覚を受けた松野は、プっと笑ったがハジメに悪いと思い慌てて口を押さえた。

「それこそ全然迷惑じゃないよ。そこから本気になることも・・・」

「それはないです」

 松野が言い終える前にはっきりっと言ったハジメ。

「・・・僕はもう・・・」

 呆気に取られた顔で松野がマジマジとハジメを見詰める。俯いていたハジメには解からなかっただろう。

 以前、好きなのは智早だけだ、と言っていたハジメ。松野は今更だったがそのことを思い出していた。

「・・・冗談だよ。それより、大丈夫?躯・・・」

「あ、はい。すみませんでした」

 やっと顔を上げたハジメだったが、その口唇から出た言葉は謝る言葉で・・・。

 そればかり口にしているな、と松野は密に笑ってしまった。


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