#7

 その日から、ハジメは智早を徹底的に避けた。

 智早が教室に来てもあわないように常に教室から離れたし、時には松野と一緒にいることもあった。

 智早は、何故か松野といる時はハジメに近寄ってこない。その所為か、必然的に松野と一緒にいることが多くなっていた。

 たまに視界に入ってしまう智早は、狂おしいほどにハジメだけを見詰めている。

 それを見るたびにハジメはその瞳に見入ってしまいそうになるのを叱咤しているのだった。

 背中に智早の視線を感じては意識する。

 いつまでこんなことを続けるのだろう。

「坂遠・・・。昼休み、麻生先輩来てたぜ?」

 眉を顰めてそう言ったのは神田だった。

 いつも智早と食べていた昼食は、最近松野と一緒に食べていた。

 最初は一人で食べよう・・・と思っていたのだが、松野に誘われたので一緒に食べることにした。

 松野といれば智早と逢わないですむ、と思ったのも事実だった。

「・・・そう・・」

 神田はハジメのいい加減な返答に溜息を吐いたが何も言わなかった。

 ハジメだってこのままではいけないことぐらい解かっていた。

 解かっていたが、何をどうすればいいのか解からない。

 ハジメには智早を避ける以外どうすることも出来ないのだから。

 そうしなければ思い出してしまう。智早をいつまでも忘れられない。

 逢ってしまってはせっかくの決心が鈍ってしまうのだ。

 逢えば智早は以前にも増してハジメを口説こうとするのだろう。

 それでは駄目なのだ。それは所詮手に入らないオモチャを欲しがるようなもので・・・。

「・・・結局・・・僕は自分が大事なんだな・・・」

 智早の口から拒絶を聞くのが怖いから、傷付きたくないから。

 結局、逃げただけ・・・なのだ。

「坂遠?」

 何か言ったか?、という神田に笑って首を振ったハジメは、予鈴とともに自分の席へとついたのだった。

 智早と逢ってしまったのは、その日の放課後だった。

 ハジメは靴を履き替えると校門の隅を歩いていた。

 そのとき、腕を掴まれてガクリと躯のバランスが崩れた。

「!?」

 驚いたハジメは勢いよく後ろを振り向き、更に驚いた。

 そこにいたのはアレだけ避けていた智早だったのだから。

 智早はハジメをジッと見詰めると、おもむろに口を開いた。

「・・・話、あるから・・。ちょっと来て」

 腕を強く引っ張られ、ハジメの躯はなすがままに連れて行かれる。

「あ、あの・・・っ。何処へ・・・っ」

 振りほどこうにもどうにもならない腕を見詰めて問いかけたハジメに、智早は前を向いたままでボソリと呟くようにして言った。

「・・・俺ん家」

 言ったきり、智早は何も喋らなかった。

 ハジメが、何で・・・とか、どうして・・・とか聞いても、智早は黙ったままだった。

 智早は親が海外にいるおかげで一人でマンションを借りて暮らしていた。

 智早の家に行くのはこれで何度目になるのか。気がついたら数え切れないほど訪れていた。

「・・・入れよ」

 着くと、智早は開けっ放しにして部屋の中へ入っていった。

 その後をハジメが追う。

「ハジメちゃん・・・」

 え・・・と顔を上げたときには捕まっていた。

 息を吐く間もなく腕を絡み取られ、後ろ手に取られた両腕が軋んだ。

「や・・・っ。痛・・・っ」

 ギリギリと痛む手首。何かで縛られたらしい。

 床に組み敷かれズボンのファスナーを下ろされたハジメは、更に下着ごとズボンを下ろされた。

「な、に・・センパ・・・っ」

 性急な智早に、ハジメの頭は混乱していた。

 うつ伏せの格好ではどうしても臀部が上がってしまい、腰を自ら突き出すような格好になってしまう。

 躯を捩るが効果も無く、どんどんと焦りを感じていた。

 智早の指が双丘の奥を乱暴にこじ開ける。

 痛みを感じる間もなく、智早がハジメの自身を激しく擦りあげる所為で、ハジメの口唇から漏れる嬌声は段々と大きくなっていった。

 それでも残ったわずかな理性でハジメは智早を制止する。

「やぁ・・・っ。センパ・・やめ・・・っ!!」

 その瞬間、強い衝撃がハジメの躯を襲った。

 あまりのコトに声が出ないハジメは、声もなく悲鳴をあげる。

「・・・るせェよ。黙って寝転がってろよっ!!」

 智早は反りたったものを一気にハジメの中へおさめると、ハジメの呼吸が整う前に動き出した。

 激しい律動に、肉と肉とがぶつかり合う音が大きく部屋中に響き渡っていた。

「・・あぁ・・・っ。や・・んぅ・・・っ」

 口唇を塞いで声を押さえようとするのだが上手くいかず、その腕はハジメの涙で濡れていた。

「ハジメちゃんが悪いんだよ・・・っ。俺から逃げようとするから・・・っ」

 薄れる意識の中、ハジメは智早の声を遠くで聞いていた。

 シンと静まり返った部屋の中で、荒い呼吸の音だけが響いていた。

 ハジメは最初のままにうつ伏せになったままで、背中に智早の重みを感じていた。

 智早の荒い呼吸がハジメの耳許をくすぐっている。

 ハジメは目を閉じてそれを聴いていた。

「・・がう・・・」

 何か聞こえて目を薄っすらと開けたが、すぐに再び目を閉じてしまった。

 今はこのまま眠りたかったのだ。

 しかし、眠りにつくより先に、ハジメの最奥を穿っていたものがゆっくりと出て行った。

「――あ・・・っ」

 ハジメはその感触に躯を震わせた。

 今まで否応なく蹂躙されていた箇所が厭らしく伸縮を繰り返しているのが自分でも解かっていた。しかし、それを止める術も解からない。

「違う・・・っ」

 強い声に、ハジメは初めて後ろを振り向いた。

 腕を縛られているので十分に躯が動かず、智早を振り返ることは叶わなかった。

 しかし、それでも智早が泣いている・・・と気付いていた。

「違うんだ・・。こんなことがしたいわけじゃない・・・っ」

 叫ぶようなその声に、ハジメは胸が締め付けられる思いに駆けられる。

「俺はただ・・・好きなだけなのに・・・っ」

 背後から聞こえてくる声に手をさし伸ばしたくてハジメは腕を動かすが、ギチギチと音がするだけで何も変わらない。

 しばらくそうして躯を捩っていると、それに気付いたのか智早がハジメの手首に手を這わせた。

「・・・ハジメちゃんの気持ち、よく解かったよ・・・。確かにあれは堪える・・・」

 ハジメの手首を拘束していたものを取りながら、智早は先程とは違う穏やかな声色で話す。

「おれ、アイツのこと殴ろうとしちゃったよ・・・」

 自由になった躯で振り返ると、そこには苦笑いを浮かべた智早がハジメを気まずそうに見詰めていた。

「何・・・?」

 話の見えないハジメは智早に戸惑ったような顔を返した。それにますます顔を歪ませた智早は、小さな声で呟いた。

「・・・ハジメちゃんに・・キス、した時・・・」

 目を伏せて言った智早。

「・・・・・・誰・・・」

「アイツだよっ!!・・・松野・・」

 唇を噛み締める智早に、ハジメは当惑する。

「・・・? え・・・、松野さん・・・?」

 そのハジメの様子に気付いた智早は思わず確認する。

「・・・付き合ってるんだろ?」

 堪えは解かっているのに、否定してくれることを期待している自分がいる。

「あ・・・は、い・・・」

 小さく頷いたハジメに、智早は苦笑した。

「好きなやつに目の前でキスされるのって、こんなに辛いことだったんだな・・・」

 俯いて言う智早。

 最近、俯いている智早をよく見る。

 以前にも思ったことがあった。

 あれは、まだハジメ達がこういう関係になっていない頃。

「え・・、キス・・・って・・?」

 思わず聞き流しそうになったその言葉。

 ハジメには覚えの無いことだった。

「酷いことして・・ごめん。でも・・・ハジメちゃんが悪いんだ・・・。俺を捨てるから・・・」

 俯いたままで言う智早に、ハジメは手を伸ばした。

 間違っていたのかもしれない、と思う。

 傷付くのは嫌だ。でも、智早を傷付けたかったわけではない。

 目の前にいる、項垂れた智早が見たかったわけではないのだ。

 俯いて表情の見えない智早の頬にハジメの手が触れようとしたそのとき、その腕を強い力で引き寄せられた。

「センパ・・・っ」

「ハジメちゃん以外何もいらない・・・っ。ハジメちゃんに捨てられたら、俺・・・っ」

 苦しいくらいに抱きしめられ、ハジメは智早の腕の中でもがくがそれは智早が許さなかった。

「ハジメちゃんが誰を好きでも、俺はハジメちゃんが好きだ。・・・これは・・・本当の恋、だから・・・」

 より一層強く抱きしめられ、ハジメはそこから抜け出そうとするが失敗に終わる。

「先輩・・・っ。くるし・・・っ」

「俺のこと、怒ってる? 他の奴とキスしたから? 謝ったら許してくれる?」

 抱きしめながら問い掛けてくる智早だったが、今のハジメには何も答えられなかった。

「センパ・・・イ、離して・・・」

「離さなねェよ・・・っ。・・・離したら、逃げちゃうんだろ・・?」

 背中を抱く腕はそのままで、智早はハジメの顔を覗き込んだ。

 ハジメは智早のその顔を見詰めて言う。

「・・・逃げ・・ない・・・」

「本当に・・?」

 すぐ返ってきた言葉は、不安に揺れていた。

「・・・本当に逃げないです」

 ハジメのその言葉を聞いた智早が、最期に少しだけ力を入れると名残惜しそうに躯を離した。

 それでも目はハジメを見詰めていた。それをハジメもジッと見詰めている。

「・・・先輩、僕は怒っているんじゃないんです」

 しばらく見詰めあい、ハジメが口を開けた。

「じゃあ、何・・・?」

 ハジメは何も言わなかった。

 ただ、黙って智早を見詰めるだけだった。

「・・・僕は・・もう誰ともこういう関係にはなりたくないです」

 不意に目をそらしたハジメの言葉に、智早は頭をかしげた。

「・・・誰とも・・? ・・・松野は?」

 無言になってしまったハジメは目を泳がせると、静かに言った。

「・・・すみません。アレは・・・嘘、なんです」

「ウソ!?」

 智早の目が大きく開かれた。

 それも当然である。間違いなくハジメと松野は付き合っている・・・と思っていたのだから。

「・・・って・・・、だってアイツ・・・っ。アイツ、ハジメちゃんにキス・・・っ」

「・・・僕も疑問なんですけど・・・。あの、キス・・・って・・・」 

 先程からも不思議に思っていたのだが言い出せずにいたことを口にする。

 そのとたん、智早がハジメの肩をガシっと掴んだ。

「そうだよっ!!寝てるハジメちゃんにアイツが・・・っ。松野がキスしたんだよっ!!俺の目の前でっ!!ハジメちゃんのその、ク・チ・にィっ!!」

 掴んだハジメの肩を強く揺さぶる智早は、わざとクチの部分を強調する。

 揺さぶられた上に口唇を掴まれたハジメはアヒル顔になってしまい、思わず眉を顰めてしまった。

 それに気付いた智早が、わりィ・・・と慌てて掴んでいた手を離すがハジメの中央に寄っている眉は直らなかった。

「・・・・・・・」

 無言になってしまったハジメに智早は焦っていたが、実はハジメはアヒル顔にされたことに腹を立てていたわけではなかった。

―――その後、俺と付き合わない?

―――可愛いと思ってたんだけど、麻生のお手つきだから誰も近づけなかったんだよなぁ・・・。

「あ・・の・・? ハジメ、ちゃん・・・?」

 顔を覗き込んでハジメを窺った智早は、ハジメが何やら考え込んでいるらしいことを知る。

 何の反応も返さないハジメに、智早は段々不安になってきていた。

 そのとき不意にハジメが顔を上げた。

「先輩、僕の服は・・・」

 あ・・・と、呟いた智早は、脱ぎ捨ててあるハジメの衣類を拾い集める。

 そして、それをハジメに手渡した。―――が、渡す瞬間に智早は衣類をハジメから遠ざけた。

「先輩?・・・あの、服・・・」

 服を見ていたハジメは気付いたように智早を見詰めた。

 真剣そのものの眼差しで一点を見詰めている智早はおもむろに口唇を開いた。

「・・・これ・・・渡したら、ハジメちゃん帰っちゃうだろ?」

 智早が高く掲げたハジメの衣類をパサリと床へ落とした。

「・・・それは・・・」

 ハジメは答えられずに、ただ智早を見詰めていた。

 それでも床を見詰めている智早と目が合うことはない。

 互いの間に沈黙が流れる。

「・・・ずっとここにいてよ・・」

 最初にそれを破ったは智早だった。

 囁くようにして呟くそれはとても弱々しく、智早には不似合いだ。

「・・そんなこと・・・」

「・・俺と一緒にいてよ・・・」

 ハジメの前に座り、縋りつくようにハジメの脚を撫でる。

 ハジメには智早が泣いているように見えた。実際に泣いているわけでもないのに・・・。

 ハジメはキュッと口唇を噛んだ。

「・・・どうしたんですか? 今日の先輩はいつもの先輩じゃないみたい・・・」

 いつも・・・とうか、前の、だ。

 ハジメと出会うよりももっと・・・。

「・・・ハジメちゃんは・・・どんな俺が好きなんだ? どんな俺なら好きでいてくれる?」

 智早が顔を上げる。

「ハジメちゃんの好きだった俺ってどんなの?」

 目が合いそらせなくなる。

 ベッドに座ったままのハジメと違って床に座っている智早の目線は低い。

 ハジメは智早の頬に手を伸ばすと、その横に伸びている髪の毛を弄った。

「・・・先輩・・は・・・すごく強引で、自分勝手で・・・。僕はいつも先輩に振り回されてた・・・」

 目を細めて言うくせに、ハジメの口唇から出た言葉は智早を情けなくさせていた。

「・・・ハジメちゃん・・・。俺のことそんな風に思ってたの?」

 顔を歪ませて複雑そうに言う智早だったが、ハジメは構わず続けた。

「でも、先輩に触られると心臓が速くなって・・・僕は・・・」

 段々とハジメの目尻に涙が溜まっていった。

「ハジメちゃ・・・」

 小さく呟いた智早は、衝動に駆られてハジメを思わず抱き寄せた。―――が、次の瞬間にはハジメに突っぱねられてしまった。

「・・・帰ります」

 小さく言って身支度を始めたハジメを、智早は引き止めることができなかった。


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