#10

 花をたくさん活けた花瓶を手に、亮平は扉をあけると定位置となっていた場所に置いた。

 椅子に腰をおろすといつものように篤志の顔を見詰める。

 手術から一週間。未だ篤志は目を覚まさない・・・。

「どういうことですか!? 手術は成功したって言ったじゃないか!!」

 手術の後に聞かされた言葉はあまりにも過酷なことだった。

 目尻を吊り上げて言う亮平だったが、あくまで医師は冷静な態度だった。

「ええ。手術は何の問題もありません。ただ・・・頭を強打しておりますので、もしかしたら・・・」

 我慢の限界だった。

「・・・もしかしたら・・? もしかしたら何だって言うんだ!!」

 亮平は怒りのあまりに勢い余って椅子を倒してしまう。

 呼吸も荒く医師を睨みつける亮平に、医師は亮平を落ち着かせるように座るように促す。

 舌打ちをした亮平だったが大人しく腰をおろしたが、睨み付けたままジッと医師の言葉を待っていた。

「・・・もしかすると、このまま目を覚まさない・・・ということもある、ということです」

 言いにくそうに言う医師に、亮平は視線を落とすと黙って頭を下げるとその場をあとにしたのだった。

 その日から毎日様子を見にきているのだが、篤志が目を覚ます気配は一向にない。

「篤・・・」

 力なく横たわっている躯。

 亮平は篤志の腕を取ると、祈るように自分の頬に当てた。

「篤・・・」

 目をきつく瞑り、篤志のその手の甲に口唇を寄せる。

 その時、不意に病室の扉が開いた。

「・・・具合はどうだ?」

 亮平の横に立った新田に、亮平は口を開くどころか視線さえ向けなかった。

 しばらく何も口にしなかったが、その間も篤志の腕を握っている亮平に、新田は溜息をついて言った。

「お前、このままずっと篤志の看病を続けるつもりか?」

 亮平は無言で返す。

 もちろんそのつもりだった。

「・・・大学はどうするんだよ。もしこのまま目を覚まさなかったら・・・」

 新田は視線も向けようとしない亮平に焦れたように、亮平の肩に手を掛けた。

「おい・・・っ」

「覚ますよ」

 亮平のその言葉に新田の腕の力が弱くなる。

「目、覚ますに決まってる」

 しばらくそのまま、互いに何も言わなかった。

 その間も亮平は篤志だけを見詰めていた。

「・・・じゃ、帰るわ・・」

 その時さえも視線を向けようとしない亮平に新田は溜息をついた。

 この一週間、ずっとこうだった。

 別に新田のことを恨んでいるからではないことは知っていた。

 篤志から・・・目を離したくないのだ。

「・・・あの日、篤志が事故にあった日・・」

 新田は扉のノブに手をかけたままで亮平に話し掛ける。

「お前、絶対に俺んちに来ると思ってたよ。・・・思ったから、篤志を誘ったんだけどな・・・」

 振り返ると、初めて亮平が視線を向けていた。

「・・・取り持つつもりだったんだが・・」

 驚いた顔をして見ている亮平に、新田は苦笑する。

「お前・・・」

 戸惑ったような亮平の表情。

 当たり前である。誤解させるようにしむけたのは自分なのだから。

「・・・付き合ってたんじゃなかったんだな・・」

 それにもう一度苦笑した新田は、今度こそ扉を開けた。

「・・・これでも心配してんだぜ・・」

 その呟きは亮平に聞こえたかどうかわからない。それほど小さな声だった。

 静かな音をたてて閉まった扉をジッと見詰めていた亮平だったが、再び篤志に視線を戻した。

―――もしこのまま目を覚まさなかったら・・・

 新田の言葉は亮平の頭の中を木霊する。

 握っている篤志の腕を握りなおし、亮平はかたく目を閉じた。

 そんなこと・・・ないさ・・・。

「篤・・・」

 目を開けて篤志の顔をジッと見詰める。

 何の変化もないその顔を何度か撫でた亮平は、ゆっくりと顔を近づけて触れるだけのキスをした。

 口唇を離すと、不意に視界が揺れ、篤志のその柔らかな頬に水滴が落ちた。

「篤・・・っ」

 篤志の口唇をゆっくりとなぞるように撫で、もう一度口唇を寄せようとしたのだが、嗚咽が漏れるのを抑える為に口唇を噛み締めた。

 篤志の胸許に頭を埋め、握っていた篤志の腕を強く握る。

 篤志の瞳が再び亮平を映すことがあるのだろうか。もしかしたら、新田の言うとおりこのまま目を覚まさないかもしれない・・・。

「・・・兄ちゃん・・?」

 その瞬間、亮平は勢いよく頭を上げた。

 見開いた目で見詰める先には・・・。

「・・・何で・・泣いて・・・?」

 頬に流れてくる涙もそのままで、亮平は篤志を見詰めていた。

 篤志が亮平を見ているのだ。その目を開いて。

「あ・・・つ・・・っ」

 恐る恐る抱き締めると、後から止まることなく涙が流れる。

 篤志が目を覚ましたのだ。その目で亮平を見ているのだ。

 亮平の篤志を抱く力は段々と強くなっていった。

 篤志はそれを戸惑いながらも受け止めていた。

 自分も亮平の背に腕を回してもいいのだろうか・・・。

 迷ったが、そろそろ・・・と腕を伸ばして遠慮がちに力を込めた。

「・・・よかった・・」

 篤志の耳許で囁かれたその声は、涙で震えていた。

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