#9

 軋むベッドの音を耳許で聞きながら、篤志はこみ上げて来る快感に身をゆだねていた。

 背後からの突き上げるような律動にまかせて、篤志は揺れるままに躯を揺らす。

「兄ちゃん・・・」

 抱きつこうにも後ろ向きじゃどうにもならない。

 視線で訴えた篤志に気付いた亮平は、篤志の躯を抱き上げると繋がったままで体勢を変えた。

「ひ・・・やぁ・・・っ。兄ちゃ・・・っ」

 腕を伸ばして亮平の背中にしがみ付く。

 まさか、こんな風にして亮平と抱き合えるとは思わなかった。

 例え、心が通じていなくても・・・。

 一方、そんな篤志に亮平は眉を顰めていた。

 縋りつかれたのが嫌なわけではない。

 つけこんでいる、という意識があるからだ。

 それに亮平は知っていた。亮平に抱かれた後、篤志が何処かへ出かけることを。

 きっと今日も出かけるのだろう。

 篤志を抱くたびにモヤモヤとしなければならない。

 しかし、誘われると断ることもできない。何処へ出かけているのか問いただすこともしない。

 いや、出来ない。

 今や会話らしい会話をしなくなってしまった。それなのに、どうやって聞けばいいのか。

 今の亮平に出来ることは、甘んじて今の状況を受け入れるだけだった。






 夜中過ぎだというのに、その日も篤志は瑞生の自宅へ訪れていた。

「なぁ・・・。俺、こんなに度々お前の家きててもいいのか?」

 かいがいしく軽い食事を運んできてくれる瑞生の姿を追いながら篤志は言った。

 それでも瑞生の手は止まらなかったが。

「何で?」

 篤志の突然の訪問に驚きもせず、何が食べたいか聞いてくるのだ。

「・・・って、お前・・・男とか・・・いるんだろ?」

 遠慮がちに口を開いた篤志だったが、返って来たのは肯定の意味を含んだ一瞬の視線。

「だったら・・・」

 だったら、篤志が来たのでは全然会えていないのではないだろうか?

 居心地のよい場所を手放すのは名残惜しいが、瑞生の邪魔をするほど野暮ではない。

 しかし、返って来た言葉は意外なものだった。

「いいんだよ。だって、篤志だって僕のオトコでしょ?」

 微笑って話す瑞生に、篤志は俯いた。

 元オトコなら解かる。躯の関係があったころなら。

 しかし、今の篤志といても何にもならないのではないだろうか。

「気にするなって。そういう付き合いだってあるんだよ」

 篤志の表情に気付いたのか、篤志の横に座り込むと篤志の頭を軽く叩いた。

 ゆっくりと視線を上げた篤志に微笑むように笑いかけた瑞生は、不意に篤志に聞いた。

「・・・上手くいってるのか?」

 何がなんていわなくても解かる。

 篤志の笑うだけの答えに、瑞生は苦笑して、そっか・・・と呟いた。






 席についた亮平は、ふと机に影が出来たことに気付き視線を上げた。

「・・・新田」

 ニヤリと笑う新田に、亮平は思わず眉を顰める。

「よお。どうだ? その後の関係は?」

 明らかに篤志とのことをさしていたが、亮平に答えるつもりはなかった。

 視線をはずし、冷たい言葉で返答する。

「・・・何の用だ」

 亮平の返答は予想通りのものだったのか、新田は口許を笑わせると空いていた隣りの席に腰を下ろした。

「ま、そんな顔すんなって」

 どういうつもりで隣りを陣取ったのか解からなかったが、亮平は黙ったままで視線さえも合わせようとしなかった。

 しかし、次の瞬間その理由がわかる。

 携帯電話を取り出した新田は、亮平の方を一瞥してから何処かへかけていた。

「あ、篤志か?」

 ピクリと亮平の躯が揺れた。

 新田の口からでた篤志の名前に亮平は動揺していたのだ。

「今日あいてるか? ・・・そう。俺んちに7時に」

 明らかに亮平に聞かせるような口調に、亮平は怪訝な表情で新田に視線を向ける。

 その視線に気がついた新田だったが、薄く笑みを浮かべ再び傍らの携帯電話に意識を戻す。

「じゃあな。待ってっぜー」

 会話が終わったらしい新田が携帯電話をポケットにしまっている様を亮平がジッと凝視していると、新田は亮平に向かってニヤリと笑いかけた。

「・・・そういうことだ」

 本当に、そのことだけを聞かせるために来たらしく、新田は席を立つとその場を立ち去ろうとしていた。

「ま、まて。お前・・・篤と・・・っ」

 慌てて立ち上がる亮平に、新田は笑みを浮かべただけだった。

 ・・・お前、篤と付き合ってるのか・・・?

 その言葉を聞くことは出来なかった。

 亮平の中をどす黒い闇が覆い被さっていく。モヤモヤとして釈然としない。

 いや、違う。だって昨日だって・・・。

 昨日も篤志に誘われてつい部屋へ招き入れてしまった。

 いけないと思いつつもどうにもならなかった。

 しかし、そんなことが理由になるのだろうか・・・?

 いつも行為が終わった後、何処かへ出かける篤志。何処へいっているのかも知れない。もしかしたら新田のところへ行っているのかもしれない。

 ・・・付き合っている・・・のかも、しれない・・。

 不意に手に力が入っていたことに気付いて力を抜く。

 しかし、亮平に覆いかかった闇は、晴れそうになかった。






 静まり返った部屋の中で、亮平はチラチラと時計を見遣っていた。

 7:09・・・。

 そろそろ新田の家についたころかもしれない。

 新田に歓迎された篤志はきっとそのまま・・・。

 再び時計に視線を向けた。

 7:11・・・。

 苛々とする焦燥感に似た感情に、新田は勢い余って椅子を倒しながら立ち上がった。

「俺は・・・っ」

 拳をきつく握ってコートを引っつかむ。そして、そのまま玄関へと向かい、忙しなく靴を履いた。

 亮平がつくころにはもう遅いかもしれない。

 それでも、行かずにはいられない。

 鍵をするのも忘れて飛び出した亮平は、不意に鳴った携帯電話に舌打ちをしつつもポケットから取り出した。

 その表示をみて脚を止める。

「・・・新田・・?」

 その文字列をジッと見詰めていた亮平は、鳴り続ける着信音に慌てて携帯電話を耳に当てる。

 何の用事かは知らないが、時間稼ぎになるかもしれない。いや、文句を言ってやるのもいいかもしれない。

 亮平は息を吸い込んで怒鳴りあげた。

「お前・・・っ」

「今何処にいるんだ!?」

 亮平の声は新田の声に掻き消されてしまった。

 あまりに切羽詰ったような新田の声に、亮平は息を詰まらせたが平然を取り戻して答える。

「・・・今お前の家に向かっているところだ」

 唸るような低い声で言った亮平に、新田も静なかな声で言った。

「・・・今すぐT病院へ来い」

 話が解からず、亮平は眉を顰めた。

 しかし、次瞬間、驚愕に目を開かせることになる。

「・・・篤志が事故にあった・・」

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