#11

 数日後、検査を終えた篤志は無事に家に帰れることになった。

 荷造りを済ませた篤志はそこに亮平の姿を見て、少しだけ笑みを浮かべる。それを見た亮平も口許を緩ませた。

 篤志が目を覚まして以来、2人の関係は落ち着いていた。

「じゃあ・・・行くか」

 亮平は篤志を促すと同時に、篤志の持っていた荷物に手をかけた。

 離れていった荷物を見詰めた篤志は、空いた手を開いたり閉じたり繰り返す。

 一向に歩こうとしない篤志に気付いた亮平が振り返り、篤志はそれに笑って走っていった。

 以前のように優しくなった亮平。振り返ってくれる亮平が嬉しかった。






 インターフォンに躯を立ち上げた瑞生は、玄関のドアを開けて目を開いた。

「あ・・・つし・・?」

 篤志が俯かせていた顔をあげて少しだけ笑う。

 しばらく来ていなかっただけに、瑞生は戸惑っていた。

「久しぶり。・・・どうした?」

 篤志を招き入れてソファーに座らせた瑞生は、視線を伏せている篤志に遠慮がちに声をかける。

「うん・・・ちょっと遊びに来てみた・・・だけ、なんだけど・・」

 どう見ても何かあったとしか思えない篤志の様子に、隣りに腰をおろした瑞生は篤志をジッと見詰める。

 その視線に気付いたのか、篤志は瑞生と目が合うと苦笑がちに笑って見せた。

「・・・コーヒーでいい?」

 何があったかいいそうにない篤志に声を掛けて立ち上がった瑞生は、篤志が頷いたのを見てキッチンへと向かっていった。

 瑞生の後姿を無意識のうちに見詰めていた篤志は、ハッとすると引き離すように視線をそらす。

 特別用事があって瑞生の家に来たわけではない。気がついたら、瑞生の家の前にいた。

 ここのところ眠れない日が続いていて、考えないようにしようと思っても気がつくと考えてしまう。

 亮平が篤志の躯に触れてこない。ずっと触れられていない。

 言葉は交わすが・・・それだけだ。

「・・・なんか・・前に戻ったみたいだ・・・」

 亮平が好きで、でも打ち明けられずにいた頃。・・・逃げていた。

「・・・でも兄ちゃんはいつも笑って・・」

 視界が歪んできたのに気付いた篤志は慌てて目を袖で擦る。

 もう亮平が篤志に触れることは、無いのかもしれない。






 握っていたペンを置いた亮平は、深い溜息を吐くと苛立たしげにノートを閉じた。

 立ち上がって勢いよくベッドに躯を投げ出すと、目を閉じて昨日のことを思い出していた。

「・・・お前の家に行ってるんじゃなかったなら・・・何処に行ってたって言うんだよ」

 困った顔をしている新田を睨みつける亮平は、苛々と指で机を叩く。

 躯をあわせた後、亮平の部屋から出て行った篤志はよく外出していた。

「さあなぁ・・・。そんなに考え込まなくてもいいと思うけどなぁ・・・。アイツは絶対お前のこと・・・」

 新田から何度と聞かされた言葉。

「・・・篤から聞いたのか?」

「あ? あ、ああ・・・」

 聞き返した亮平を訝しげに見る新田から、亮平は視線をそらした。

「・・・どうせ随分昔に聞いたんだろ?」

 新田の聞こえよがしに吐いた溜息が聞こえてきたが、亮平はわざと聞こえなかった振りをする。

「・・・お前なぁ・・」

 新田が言いたいことは解かっていた。

 呆れたような声を出した新田を見ずに亮平は口を開く。

「・・・解かってるよ。篤に当たるようなマネはしない。・・・けど・・」

 いつの間にか強く握っていた拳に気付き力を抜く。

「とにかく考え込むのは止めろよ。不機嫌そうに見える」

 簡単に言いのける男を睨みつける。

 考えずにいられるわけが無い。

「・・・不機嫌なんだよ。俺は」

 睨まれているのに気付いているはずなのに、新田は堪えるでもなく大げさな溜息を吐いた。

「・・・篤志に当たるなって言ってんのに・・」

 溜息を嫌々ながら聞いていた亮平だったが、新田の言葉にカッときて思わず立ち上がった。

「当たってなんか・・・っ!!」

 ハッとして気付く。最近は関係が上手くいっているのに、ここで亮平がこんな雰囲気を出していたら再び関係は壊れるだろう。

 篤志が怯えるのではないか、と考えた亮平は、新田からソッポを向くと更に不機嫌そうな顔をした。

 気になるけど、聞けない。

 病院から戻った後、前のように篤志からそれとなく誘われることもあった。

 もちろん躯の関係だ。

 けれど亮平はやんわりと断っていた。

 決して強く断ったわけではないが、しばらく断り続けたら今ではそれもなくなった。

 亮平が篤志を抱いたら、また篤志は出て行くかもしれない。

 だから・・・抱けない。抱きたくない。

 篤志が何処かへ行こうとするのを見るのなら・・・。

「・・・って、俺はいつからこんなこと考える奴になったんだ・・・」

 ベッドから起き上がった亮平は、ただ床の見詰めていた。

 いつからなんて解かっていたのだ。

 アイツを好きだと気づいた時から・・・。






 コーヒーを手渡された篤志は、しばらくは黙ったままカップに口をつけていた。

「・・・俺、振られちゃったよ・・」

 カップを見詰めて話す篤志をチラリと窺った瑞生だったが、何も話さなかった。

「・・・て、別に付き合ってなんかなかったけどさ・・・」

 少しだけ笑ってまた視線を伏せる。

 ただの兄弟に戻っただけ。嫌われたわけじゃない。

 篤志は自分に言いきかせるように、いつも・・・。

 しかしいつもたどり着くところは・・・。

「けど・・・っ。俺が望んだのは・・・っ」

 言葉を交わせないのは辛い。

 でも、躯に触れてもらえないのはもっと辛かった。

「俺は・・・嬉しかったよ・・。兄ちゃんに抱いて貰えて幸せだったんだ・・・」

 以前なら考えられなかった。今、元の状態に戻ったと解かっていても知ってしまったものを忘れることなど出来ない。

 それきり黙ってしまった篤志の頬に濡れたものを見つけた瑞生は、篤志の噛み締めている口唇にそっと自分のソレを近づけた。

「・・・瑞生・・?」

 驚いた篤志がパッと顔を上げる。

 パチパチと何度も瞬きを繰り返す篤志に、瑞生は抱き寄せて緩く篤志の躯を抱き締めていた。

「泣くなよ・・・」

 篤志の肩口に額を乗せる瑞生に、篤志は戸惑いながらも黙って躯を預けていた。

「・・・オレまで泣けてくる・・」

 瑞生の表情は見えないが、その声が微かに震えていることに気付いた篤志は瑞生の腕の中でジッとしていた。

 行き場もなく落ちたままの腕を遠慮がちに瑞生の背にまわす。

 今の拍子に止まっていた篤志の涙も何故だか再び浮かび上がってくる。視界がぼやけてきた篤志は瑞生を抱く腕に力を込めた。

「篤志・・・」

 返事をするかわりに顔を上げた。

「オレと・・・セックスする・・?」

 瑞生の言葉に驚いた篤志は冗談かと瑞生を見遣ったが、瑞生の顔は笑っていなかった。

「・・・オレを抱きたい?」

 篤志は黙って首を振る。もう何ヶ月と誰も抱いていない。そんな欲求は篤志の中には既になかった。

「じゃあ・・・オレが篤志を抱いてあげる」

 シャツの下に瑞生の腕の感触を感じ、それに意識を奪われていた篤志は気がついたらソファに押し倒されていた。

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