#12

「ミルク入れる?」

 首を振って手渡されたコーヒーを、篤志は吹いて冷ましながら口に含む。

 躯を合わせた後は必ずカフェオレにして渡してくれるが、今日の瑞生はそれをしなかった。

 昨日・・・瑞生とは結局最期まで行かなかったのだ。

 あの後、突然の瑞生の言葉に戸惑うばかりの篤志は一方的に愛撫を受けるだけだった。瑞生にその気がない・・・と解かったのは随分あとだ。

 そのことに気付いた篤志は、今まで一方的に追いやられていた分のお返しとばかりに愛撫を返したのだが・・・。

「あ・・・」

 ふと、その時家に連絡をしていないことに気が付いた。

 あの後最近あまり眠れていなかった所為もあり熟睡してしまったのだ。

 時計を見ると午前9時を回っていた。

「なに? どうかした?」

 瑞生が運んできたトーストを受け取りながら、篤志は言いにくそうに口にした。

「・・・無断外泊・・」

 顔を歪ませて困ったように話す篤志に瑞生も苦笑で返す。

 亮平と躯を合わせてからは別だがそれ以前まではきちんと家に帰っていた篤志である。

 それに事故後の亮平はどこか過保護なところがあった。連絡をしていないとなると、心配しているに違いなかった。

 テーブルの上に無造作に放ってある携帯電話を掴んだ篤志は、しばらくソレを眺めた後眉を歪ませ再びテーブルの上に転がした。

 亮平が連絡をよこした形跡はなかった。心配してくれてるかもしれない、と少しでも期待した自分に溜息を吐く。

「帰るの?」

 項垂れている篤志に目を向けた瑞生が声を掛けると、篤志は考えるようにしてから頷いた。

「・・・そうだな。これ食べたら帰る」

 トーストを齧りながら答える篤志に、瑞生は笑って安堵した。

 これなら大丈夫だ・・・と、篤志の様子見て思ったのだった。






 一方、亮平は大学の時間ギリギリまで時計を見ながらウロウロとしていた。

 昨日昼頃に出て行った篤志。夜には・・・遅くても朝までには戻るだろうと思っていた亮平は、苛々と居間と玄関を行ったり来たりしていたのだ。

「くそ・・・何で連絡してこないんだよ・・・」

 静かな電話機をひと睨みし、亮平は仕方がなく2階へ上がっていった。そろそろ時間が迫っていたのだ。 

 一度は篤志の携帯に連絡を入れようと思ったのだが、しかし亮平は篤志の携帯番号を知らなかった。それでは掛けれるはずがない。

 今まで一度も掛けたことがなければ掛ける必要さえなかったのだ。

「・・・そういえば新田は知ってたな・・」

 そう思い、新田に連絡したが、この肝心な時にあの男は何をしているのか・・。

「ちっ!出やがらねぇ」

 留守番電話サーピスに繋がり舌打ちをして通話を切った。

 何となく新田に負けたような気がしてきた亮平は、大学に出かけるために玄関に向かい、荒々しくそのドアを閉めた。

 鍵を掛けようとして、もしかしたら篤志が鍵を持っていないかもと思い鍵を掛けるのを躊躇った。

 郵便ポストか何処かに入れておくにしても、きっと篤志は気付かないだろう。何せそんなことを今までやったことがないのだから。

 鍵を掛けずに外出することに眉を顰めたが、篤志がもしかしたら帰ってくるかもしれないと思うと錠は出来なかった。

 使わなかった鍵を手の平でしばらく弄っていた亮平は、それを素早くポケットに入れて家に背を向けた。

 門を閉じて大学へ向かう。

 その後姿を偶然にも篤志が見ていたことを亮平は知らない。

 離れた先を歩いている亮平に気付いた篤志だったが、黙ってその後姿を見送っていた。

 亮平の姿が見えなくなった頃、篤志は門を開けて玄関の前に立つとポケットからごそごそと家の鍵を取り出した。

「・・・あれ・・?」

 開けるつもりが施錠をしてしまった。

 亮平がうっかり忘れてしまったのだろうか・・・?

「・・・まあ・・いいか・・・」

 篤志はもう一度鍵を捻って開錠すると、無造作に靴を脱ぎ捨てて気だるそうに階段を上っていった。

 自室に入り、倒れこむようにベッドに横になった篤志は、ぼんやりと部屋の隅を見詰めていた。

「・・・そういえば・・学校・・・」

 無造作に転がっている鞄。学校から帰宅した篤志が放り投げたままなのだ。

 しばらく鞄を眺めていた篤志だったが、ゆっくりと起き上がり鞄を拾い上げるとそれを持ったまま机があるほうへ移動していた。






 やはり篤志が気になる亮平は、講義があるにも関わらず自宅へ帰っていた。

 玄関に手を掛けた亮平だったが、それに鍵が掛かっている事に気付いて慌ててポケットから鍵を取り出すと、急いで鍵を開けて中へと入っていった。

 もどかしく靴を脱ぎ捨て階段を上る亮平は、途中で慌てすぎている自分に気付いて落ち着かせながら足音を潜めながら篤志の部屋の前に立つ。

「・・・篤・・?」

 声を掛けてから、そっと扉を開ける。

 少し開いた隙間に覗くように顔を近づけた亮平は、そこに篤志がいないことに気づいた時、無言で落胆していた。

「・・・いないのか・・」

 しかし掛けなかったはずの鍵が掛かっていた。篤志は一回家に帰ってきていたのだ。

「・・・何処行ったんだ?」

 眉を顰めて篤志の部屋を見回した亮平だったが、そこに何処に行ったか解かるようなものはなかった。

 部屋から出た亮平は、ゆっくりと扉を閉めると深く溜息を吐き仕方が無く階段を下りていった。

 冷蔵庫を開けて1リットルのボトルに入っているジュースを取り出してそのまま居間へ脚を向ける。

 ソファに身を落ち着けた亮平は、そういえば・・・と思い出していた。

 篤志がはじめて新田に抱かれたのはこの場所だった。あの時必死に助けを求めていたのに・・・。

「・・・終わったことを考えても仕方がないな・・・」

 溜息をついてそのことを終わらせようとする。しかし、あの時止めてさえいれば・・・と思うと考えずにはいられないのだ。

 ・・・それを許したのは自分だというのに。

 その時、玄関の扉が開いた音が聞こえた。

「・・・篤・・?」

 今度こそ篤志だ。亮平は性急に立ち上がり居間から出た。

 荒々しく扉を開けると、そこに驚いたような顔をした篤志がいた。

「あ・・・兄ちゃん・・・」

 亮平に気付いた篤志はバツが悪そうに俯いている。

「あ・・・のさ、昨日・・・無断で外泊して・・・ごめん・・」

 目を泳がせながら言った篤志は、一度も亮平と目を合わせなかった。

「・・・いや・・・。これからは遅くなるときはちゃんと連絡しろよ」

 小さく頷いた篤志に、とりあえずは安堵した。

 この間あんな事故があったばかりだ。いつ何が起きるかわかったもんじゃない。

「う、うん」

 篤志は視線を彷徨わせた後、そそくさと2階へ上がっていった。

 その不審な様に、亮平は眉を顰めた。

 篤志としては、単純に心配されたことを嬉しがった表れだったのだが、亮平はその様がまるで嘘をついているような・・・そんな不信感を感じさせていたのだ。

 最初から疑って掛かっていたからもしれない。それに拍車が掛かった。

 帰ってきた篤志は学ランを着ていた為、見た瞬間は学校へ行っていたのか・・・と思ったが・・・。

 ・・・もしかしたら・・・学校には行っていなかったのかもしれない。そんな考えが浮かんでしまう。

「・・・駄目だな」

 自嘲気味に笑いながら亮平は苦々しく呟いた。

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