#13

 教室に入ったとたん声をかけてきたのは、宮本という1年生の頃から同じクラスの男だった。

 以前はよく会話もしたりしてつるんでいたのだが、ここ最近はあまり一緒にいたことはなかった。

 というのも、篤志が抱かれる側に回ったあの日から、篤志の雰囲気が変わってしまって近寄りがたくなってしまったらしい。

 ・・・宮本によれば、だが。

 事故から復帰し、初めて登校した篤志に真っ先に話しかけたのは、宮本だった。

 それから再びつるむようになったのだが・・・。

「篤志ーっ!聞いてくれよぉ〜」

 笑いながら肩にもたれ掛かってくるのを不思議に感じていた。

 最近性的な触れ合いしかしていない所為か、こんな些細なスキンシップを奇妙に感じてしまう。

「篤志?」

「あ、ああ・・・。」

 怪訝な顔をされて篤志は慌てて相槌をうつ。

 宮本が何か話しているのは解かっていたが、一向に篤志の頭には入ってこなかった。

 篤志は頬杖をつきながら、目の前に立っている宮本の姿を見詰める。何気に視線の行ってしまう躯。意識して見ると、宮本は体格がなかなかいいほうだった。

 ・・・コイツと寝たらどんな感じになるんだろう。

「篤志〜? 聞いてんのかよぉ?」

 覗きこまれてハッと我に返る。

 自分の考えていたことに羞恥を覚えていた。

 ・・・何、変態なこと考えてんだよ・・・。

「・・・悪ィ・・」

 溜息まじりで呟いた篤志に、宮本は慌てて首を振った。

 特に怒ることでもないし、よくあることなのに本当に済まなそうな顔をする篤志に戸惑ってしまったのだ。

 篤志としてはいけない雑念を持ってしまったことに対して・・・・・・だったのだが・・・。

「で・・・何だって?」

「あ、うん。だからさ・・・」

 再び話し始めた宮本を眺めながら、結局篤志の頭には少しもその内容は入ってこなかった。






「ほら。お前が借りたがってたノート」

 言いながら、亮平はルーズリーフの束を新田に手渡した。

 わざと乱暴にされたソレに新田も慌てて受け取ると、やや苦笑気味に笑って返す。

「はは・・・。悪いな」

 立ち上がって階下へ降りて行く新田の後を追いながら、そのままリビングに入っていく新田に亮平は眉を顰める。

 リビングに入っていった新田はキョロキョロと辺りを見渡していたが、やがて亮平を振り返った。

「・・・お前、早く帰れ」

 新田の意図に気づいた亮平は、眉間に皺をよせたまま睨むようにして新田に言う。

「あのさぁ、篤志――」

「篤はいない」

 新田の言葉を遮った亮平は、溜息を漏らすような仕草をしたあとソファに身を沈めた。

 それを見ていた新田はそれに倣って同じようにソファに腰を降ろす。そしておもむろに口をあけた。

「・・・何で?」

 キョトンとしながら言う新田を嫌そうに睨みながら、亮平は落ち着かないように脚を組替えたりしていた。

 それでもその言葉に答える。・・・視線はそらしていたが。

「・・・学校だよ」

 別に普通のことを言っているくせに不自然な亮平の態度に、新田は納得しかねる視線を向けたが亮平は何も言わなかった。

「・・・ふーん」

 結局そう言うしかなかった新田だが、次の時玄関の扉が開いた音に気づいて条件反射のように顔を上げた。

 ちらりと向かいを窺がうと、亮平は顔をあげていなかった。それどころかますます顔を伏せている。

 何気なく膝に置いていた亮平の掌に力が入っていくのを眺め、新田は開いたリビングの扉に視線を移す。

「よお」

 この家には2人しか暮らしていない。そこから入ってくるのは必然と篤志しかいないと思っていた。

 案の定、そこから入ってきたのは篤志で、扉を開けたと同時に声をかけた新田に驚いていた。

 しかしそれも表情が僅かに動いただけで、特別なにかリアクションをするでもなく、篤志は新田に小さく会釈を返す。

「・・・おかえり」

 明らかに暗いトーンの亮平の声に、新田は頭を捻りながら亮平に視線をやった。

 それを見た瞬間・・・・・・・新田の頬がひくっと引き攣った。

「・・・ただいま」

 足早にリビングを横切っていった篤志を目で追いつつ亮平の様子も窺がう。

 篤志がオドオドとしているのはいつものことだったが、亮平の様子はどう見てもおかしい。

 お茶を飲みに来たらしい篤志は少しするとリビングから出て行った。

 新田はそれを見計らって亮平の顔を覗き込む。

「おい? お前らどうなってんだよ」

 顔をあげた亮平はいつもの亮平に戻っていた。

「何が?」

「何がって・・・」

 新田は頭を掻いて言葉を濁す。どう言えばいいのか解からなかった。

「だから・・・だな・・。あ、そうだ。お前ら、ちゃんとセックスしてる?」

 ウンウン唸る新田だったが、閃いたようにポンと手を打つと、ははっと笑いながら亮平の肩を叩いた。

 その振動に揺れながら、そういえばこういう男だった・・・と眉間に皺を寄せて今更ながら思う亮平であった。

「するわけないだろう」

 ・・・兄弟なんだから。

 それは口に出していえなかった。散々篤志の躯に触れておいて今更兄弟も何もない。

 そんなのはただの言い訳でしかないのだから。

 亮平は邪魔くさい新田の腕を払いながらソッポを向いた。

「あー・・・なんだ。ただの欲求不満かぁ」

 今までの亮平の変な態度の理由が解かったと言わんばかりに笑う新田を、亮平は目尻を吊り上げて睨みつけた。

 別に欲求不満なわけではない。確かにこの頃そういう行為はご無沙汰だったが、特に不便に感じることはなかった。

 そんなことよりも、亮平には気になって仕方がないことがあったのだ。

「・・・そんなんじゃない。ただ・・・・・・」

「・・・何だよ?」

 目だけを伏せている亮平を見て、新田は内心溜息をつく。最近の亮平はいつもこんなだった。

 考え込むようにしていた亮平だったが、しばらく経ったあとにやはり視線をそらしながら言った。

「・・・・・・本当に・・・学校に行っているのか解からない」

 新田は眉を顰めて考える。亮平が何を言っているのか解からなかった。

「・・・は?」

 一方、亮平はそんな新田を見たあと舌打ちでもする勢いで顔をそらす。きっと新田に告げたことを後悔しているのだろう。

 しばらくしたあと、新田は亮平の言っている意味にハッとした。

「・・・もしかして、篤志が学校じゃないところに行ってるかも・・・とかって疑ってるのかよ?」

 新田はしかめっ面のままで亮平を睨み見た。

 バツが悪そうにしている亮平に、溜息を吐きながら席を立つ。

「お前に学校行ってるって思わせて、アイツに何か得でもあるのかよ? 今まで散々休んできたんだ。今更体裁を繕うようなことはしないだろうよ」

 篤志は今でこそ大人しいが、以前からあまり・・・というかかなり真面目な高校生ではなかった。

 普通にサボったりする、どちらかというと不登校がちではなかっただろうか。

 学校に行っているのならまだしも、行っていないのなら特に制服を着てまで行っている振りをしなくてもいいわけで、きっと篤志は本当に登校しているのだ。

「それは・・・そうだけど・・・」

 まだ納得できていない亮平を一瞥した新田は手にしていたノートで亮平を頭を軽く叩いたあと、玄関へ向かって歩き出した。

「ま・・・信じれないなら直接聞けば?」

「直接?」

 うんうん、と頷いている新田に、亮平は少し考え込んだあと困った顔をした。

 新田が怪訝な顔で見ていると、目を泳がせて言葉を発する。

「・・・聞いたんだ。実は」

 その言葉を聞いた新田は、ガクっと躯のバランスを崩した。

「・・・き、聞いたくせに疑ってんのか・・・」

 末期だな・・・、と呟いた新田は、苦笑して今度こそ玄関へと向かった。

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