#5
亮平は考えていた。 あの日の自分。あの日の篤志・・・。
「・・・別に・・・犯っちゃえばよかったんだよ」
あまりに篤志が従順な態度をとるものだから、気付いた時には篤志を部屋から追い出してしまっていた。
あんなに短い時間だったというのに勃ちあがってしまったものをもてあました亮平は、久しぶりに自慰行為をしたのだ。
しかし、今になっても忘れられない。
あの日の篤志・・・。
―――早く奥までいれてくれよ・・・
そう言った篤志の顔は、今までに見たことがないほど艶を含んでいた。
正直に言うと怖かった。自分がそこまで篤志を変えてしまったのか・・・?、と。
不意に街の喧騒に混じって聞きなれた声を聞いた。
眉を顰めた亮平は、振り向くと思ったとおりの人物が居り目を張った。
そこにいたのは篤志と中年の男だった。
最初は何をしているのか解からなかった亮平だったが、どうやら中年の男が篤志を口説いているらしい。
カッときた亮平は、走りよると篤志の肩に触れていた中年の腕を振り落とした。
「何してるんだっ」
勢いに任せて篤志の頬を打った亮平は、中年を睨みつけるべくその方向を見た。
しかし、亮平のあまりの剣幕に逃げ出したらしくそこには誰もいなかった。
視線を戻すと篤志は頬を押さえて俯いていた。
無言の篤志に苛つき、亮平は篤志の腕を掴むと強引に引っ張った。
「帰るぞっ」
篤志の腕を掴んだのは一瞬で、亮平はそのまま歩き出してしまった。
その後姿を篤志はぼんやりと眺めていた。
亮平は苛々する自分を抑えられなかった。篤志に当たるのもしばしばだった。
「おい、篤志いるかぁ?」
玄関を開けると新田が立っていた。
今日は呼んでもいないのに何故来たんだ?、と思っていたが・・・。
「・・・何の用だ?」
亮平は怪訝な顔で新田を見る。
「だから、篤志だって」
悪びる様子もなく、新田は口許を吊り上げて亮平に言う。
「・・・篤志に何の用だよ」
亮平の中でまさか・・・と思う自分がいた。
「お前・・・っ」
言いかけると、背後で物音がしたのに気付き、亮平は慌てて振り返った。
そこにいたのは靴を履いている篤志だった。
顔を上げた篤志と目が合ったが、篤志は何も言わない。
そのまま見詰め合ったが、やがて篤志の方から目をそらした。
「・・・何処へ行くんだ?」
答えはわかりきっていた。
亮平に突然声を掛けられ、篤志は驚いた顔をしたが、小さな声で呟くようにして言った。
「・・・新田さんの所」
解かっていたはずだった。なのに、そのことを篤志の口から聞いた亮平は、カッとなり新田の胸座を掴みあげた。
「まだコイツに手ェだしてたのか?」
ぎりぎりと締め上げるようにする亮平に、新田は目を細めて口許を吊り上げる。
「何ムキになってんだよ?」
ニヤニヤと厭らしく笑う新田に、亮平は頭に血が上ってくるのを感じていたが、自分ではどうにもならなかった。
掴んでいた新田のシャツを突き放すと、亮平は新田を睨む目はそのままで低く唸るようにして言った。
「・・・誰がムキなるかよ」
亮平のその言葉に、新田はそう?、と笑うと視線を亮平の背後へ送った。
思わずその視線を追うと、そこには靴を履き終えた篤志が無言で立っていた。
新田に手招きされた篤志は顔も上げずに亮平の横をすり抜ける。
「可愛いぜ? このカラダは。お前がコイツをそうしたんだぜ」
そう言った新田は亮平に見せつけるようにして篤志のその口唇を新田のそれで覆った。
亮平の所からみてもはっきりと解かる濃厚なそれに、亮平はカッとする。
「――っ!!」
一瞬にして新田の躯が崩れ落ちた。
新田を殴った亮平は、新田が尻をついている隙に篤志を背後へ押しやる。
「コイツにいつまでも手ェだしてんなっ」
肩で呼吸をする亮平にニヤリと笑った新田は、余裕の笑みでゆっくりと起き上がった。
「ま、いいや。篤志、今日のところは帰るよ」
篤志が頷いたのを見取った後、新田は亮平にじゃあな、と手を振ってその場をあとにした。
苛々する。
篤志の仕草に、態度に。
何故男にこびる態度をとるのだろう。
街で見かけた中年の時もそうだった。それに今回だって・・・。
どうすればこのモヤモヤする気持ちがなくなるのか。
残された亮平と篤志は無言でその場に立ち尽くしていたが、結局何も交わさずにお互いその場を離れることになった。
どうすれば苛々しなくなるのか。散々考えた挙句にでた結果は、篤志を視界に入れないことだった。
見なければ何も感じない。
聞かなければ篤志のことなど考えない。
亮平は遅くまで大学に残り、ときには友人宅へ泊まる事もした。
それでは前の篤志と何ら変わることなどないが、それでもいいのだ。
篤志のことでおかしくなる自分がいなければ・・・。
久しぶりに家の扉を開けた亮平は見かけない履物に少しだけ眉を顰めた。
家に帰るのは1週間ぶりだったが、まるで帰らないのもいけないだろうと思い少しだけ寄るつもりだったのだ。
亮平が眉を顰めたのも一瞬で、また元の無表情にも近い顔に戻った亮平は、何事もなかったかのように階段を上がり始めた。
階段を上がってすぐが亮平の部屋だ。そして、その隣奥が篤志の部屋になっている。
亮平は自室のノブを回すと部屋の中へ入っていった。
「――――」
ベッドに鞄を下ろした時、隣から話し声が聞こえてきた。
瞬間、心臓が飛び跳ねるように驚いた亮平だったが、きっと友達でも来ているのだろうと気持ちを落ち着かせる。
気持ちを改めると鞄の中身を出し、新たに別のものを入れ始めた。
しかし、隣りの声が気になってしかたがない。
早く荷物をまとめてしまおうと忙しなく手を動かす亮平だったが、やがて変なことに気がついた。
先程から篤志の声しか聞こえないのだ。
「・・・・・・?」
不思議に思った亮平は、篤志側の壁に少しだけ耳を付けてみる。
耳を澄ましたときに聞こえてきたのは・・・。
「や・・・っ。はぁ・・・ん・・・っ」
ビクリと亮平の躯が揺れる。
聞き覚えのある声。
瞬間に篤志のあの時の顔が思い浮かんでしまった。
篤志が誰かに抱かれている。そう思うと拳に力が入る。
気がついたときには篤志の部屋へ殴りこんでいた。
「兄ちゃ・・・」
黙ったまま、何も聞かずに相手の男を殴り飛ばした。
男は何か叫んでいたが、亮平は何発か殴った後即座に男を家から追い出した。
「・・・兄ちゃん」
戻ったとき、篤志はまだ自分のベッドに座ったままでいた。
シーツもかぶらずにいる所為で、両足の間が艶めかしく光っていた。
「・・・何考えてるんだ」
唸るような低い声。
何故篤志がこんなマネをするのか解からない。
初めて篤志を犯すまで、篤志は男を知らなかったはずだ。
それなのに何故こんなふうに男を連れ込む真似までするのか・・・。
しかし、それよりも亮平は、何故自分がこんなに怒っているのか解からなかった。
「・・・別に・・何も・・・」
そう言ったきり、篤志は亮平を見なかった。
それが酷く心を騒がせて、苛つかせて、亮平は強引に篤志の顎を掴み無理矢理にでも自分に向けた。
真っ直ぐに自分の姿を映す篤志の目。
未だに快感で潤んでいる瞳をだれにも見せたくない。
誰にも・・・触れさせない・・・―――。
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