#6

 汗ばんだ肌のまま、篤志はベッドにうつ伏せになっていた。

 虚ろな目を回りに向けた篤志は、そこに身支度をしている亮平を見つけてしばらく眺めていた。

 亮平は篤志の視線に気付いていたが何も言わなかった。しかし、しばらく経ったあと、居心地が悪くなったのか篤志に背を向けてしまった。

 それでも亮平は何も言わなかった。

「・・・俺はいつまでココに・・?」

 呟くようにして言った。

 あの篤志が男に抱かれていた日から、亮平は篤志を自室から出していなかった。

 トイレもお風呂も亮平の監視付きである。

「・・・ここから出たいか?」

 篤志は亮平を見ていたが亮平は篤志を見ようとはしなかった。

 ずっと、亮平の背を見詰めていた。

 返事のない篤志に、ようやく亮平が振り返る。

「・・・絶対に出さないぞ」

 亮平は返事のない篤志に、ここから出たいと思っている、と思ったらしい。

 篤志はそんなことなど望んでいないのに。

「・・・何で」

 出たいとは思わなかったが、亮平が何故こんなことをするのか理由が知りたかった。

「・・・出たらお前、また・・・ッ」

 亮平は、篤志が男に抱かれていた日のことをついこの間のように思い出す。

 あれから1ヶ月が過ぎた。

 それなのに、篤志のあの時の声が忘れられない。

 いや、それよりも部屋へ押し入った時の男の背に絡み付いていた篤志の腕・・・。

 もう二度とあんなのは見たくない。

「・・・大学に行ってくる」

 篤志から目をそらして部屋から出て行った亮平を、篤志は黙って見送った。

 ドアが閉まる音が聞こえた後に、鍵をかける音が聞こえてくる。

 ベッドの上で身じろぎをした篤志は、今ボーっと考えていた。

 ・・・今日は少しだけ話せた・・。

 今日のはいい方だったのだ。いつもはもっと少ない。

 酷い時など何も話さない日もあるのだ。

 しかしそれでもいいと、篤志は思っていた。

 亮平に構ってもらえるのなら・・・。






 亮平は講義の最中に新田に話し掛けられ眉を顰めた。

「んだよ。そんな嫌そうな顔すんなって」

 声を潜めながら笑う新田に、亮平は苛ついた気持ちを隠さずにいた。

 以前なら全然気にも止めないようなことなのに。

 そんな亮平に苦笑した新田は亮平の横の席に腰をおろすとノートを開きだした。

「・・・アイツ、どうしてる?」

 新田は篤志を亮平が閉じ込めていることを知っている唯一の人間だった。

「知ってどうするつもりだ?」

 新田を睨みつけて言う。

 強い言葉だった。それ以上聞ける様子ではない。 

「・・・お前がそんなにムキになるほどマジになれるなんて知らなかったぜ」

 溜息を吐きながら言った新田。

 亮平も自分で驚いていた。

「・・・俺だってこんな気持ちになるなんて・・知らなかった」

 小さく呟いたその言葉は、新田にも聞こえたらしい。

 新田は苦笑いを浮かべたきり、亮平には声を掛けなくなった。






 朝と同じにベッドに横になったままの篤志は、何気に窓を開けたくなって窓に手をかけた。

 そろそろ亮平が戻ってくる時間帯なので窓からその姿を見ることができるかもしれない、と思ったりもしたのだ。

 最近の亮平は、いつも決まった時間に帰ってくる。

 どうせ帰ってくれば逢えるのだが、大学帰りの亮平も見てみたい気がしていた。

 窓の鍵を解いて窓ガラスを横へスライドさせる。

 鍵の開く音がしたのはそのときだった。

 篤志が振り返ったときにはドアは開いており、亮平は篤志を見詰めていた。

「・・・何をしてるんだ?」

 いつもより低い声。亮平が怒っている時の声だ。

「窓・・・開けようと・・・」

 ガキンと小さな音がなった。

 それは篤志の手許から聞こえており、窓ガラスが途中で止まった音だった。

 窓は手首がせいぜいくらいにしか開いておらず、それ以上開くことがなかった。

 何故なら亮平がストッパーをつけたからだ。

「・・・そんなに俺から逃げ出したいのか?」

 窓に気を取られていた間に亮平が近くに来ていたことに気付かなかった篤志は、その唸るような声にビクリと躯を揺らした。

 別に怯えていたわけではなく、単純に驚いただけだったのだが。

 しかし、篤志の心情に亮平が気付くわけもなく、亮平は苦々しく口許を歪ませると力任せに篤志をベッドに押し付けた。

 この部屋に入ってから篤志は服を着ていなかったので、亮平は首筋に口唇を寄せながらも掌で篤志の肌を確かめる。

 篤志はそれを呆然として眺めていた。

 抵抗もしないが縋りつくこともしない。

 亮平が何を考えているのか解からないから篤志は手を伸ばせないでいた。

「篤・・・」

 視界の隅に揺れている自分の脚を眺めていた篤志は、不意に呼ばれて視線を亮平へ向けた。

 目が合い、ふっと亮平が微笑んだのに頬を染める。

 時々亮平は、篤志を恋人を見るような目で見ることがあった。

 そのたびに篤志は速くなる鼓動にどぎまぎしているのである。

 嬉しさと恥ずかしさに目を伏せると篤志は、不意に頬に暖かいものを感じて視線を上げた。

 そこには、愛しそうに微笑みながら篤志の頬を撫でる亮平がいて、篤志の口許も思わず緩んでしまった。

 もしかしたら、亮平も自分のことを想ってくれているのかもしれない。

 そう思わせるほど、亮平の篤志を見る目は柔らかなものだったのだ。

 嬉しくなった篤志は、頬を撫ぜている亮平の手の上に自分の手を重ねた。

 そして、もっと亮平を感じてみたくて、そっと亮平に腕を伸ばす。

 今までしたかったのにできなかったこと。それができることに、篤志は嬉しくて亮平の首筋に手を回そうとしたのだった。

 しかし、その寸前でそれも叶わなかった。

 亮平が篤志のその手を掴んだからだ。

「兄ちゃ・・・?」

 怪訝に思った篤志の目に、亮平の強張った顔が映った。

 先ほどの甘やかな雰囲気など微塵もない。

 無表情にも近いそれは怒っているようにも見えた。

「・・・何・・」

 掴まれている腕が痛い。

 何故亮平が怒っているのか篤志には全く解からなかった。

「・・・そうやって男を誘ったのか?」

 冷たい言葉。

 愛しそうに篤志の名前を呼んだ口で思ってもみない科白を聞かされた篤志は、呆然として亮平を見詰めていた。

 顔を歪ませた亮平は、篤志の両の腕を掴み上げると一気にその躯を貫く。

 激しく揺れる律動に意識がなくなるまで蹂躙され、篤志はそのことに気付くことはなかった。

 ベッドを降りた亮平の目に濡れるものがあったことを。

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