#7

 篤志はベッドに座ったままボーっとしていた。

 いつもと変わらない日々が戻って一週間とちょっと。

 あの囚われた日々が夢のように現実感が薄れている。

 本当にあの部屋にいたのかさえ嘘のようだった。

「・・・出てけ」

 そう言ったのは亮平だった。

 激しく亮平に抱かれた日、目が覚めた篤志に亮平は服を投げつけると冷めた目で篤志を見ていた。

 意味がわからなかった篤志が亮平を見返していると、目をそらした亮平は苦々しそうに怒鳴った。

「解放してやるって言ってるんだよっ!!」

 横顔でしか亮平の顔は見えなかったが、その口唇は微かに震えていたのを篤志は覚えている。

 それを見た篤志は服を持って黙ってその部屋から出ようとした。

 目を伏せて亮平の目の前を通り過ぎる。

 その瞬間、篤志の耳に聞こえてきたものは・・・。

「・・・お前なんか、構わなければよかった」

 小さくだったが、それは篤志に耳に届いていた。

 ショックで一瞬だけ脚を止めたものの、篤志はそのまま部屋を出たのだった。

 篤志は正直言って、それほど嫌われているとは知らなかった。

 好かれてはいないと思っていたが・・・。

「篤志・・・?」

 振り返るとグラスを手にしている瑞生が立っていた。

 そうだ。瑞生の家に来ていたのだ。

「ほら。ちゃんと持てよ?」

 瑞生は篤志にグラスを注意深く手渡しすると、篤志の隣りに腰をおろした。

 以前の篤志ならともかく、今の篤志は危なっかしく思わせるところがある。

 放っておけないから厄介だ。

 少し前まで、瑞生は少なからず篤志に想いを寄せていた。

 しかし篤志には瑞生はまるで入っていない。もちろんそのことは瑞生自身知っていた。

 それでも、篤志が好きだったのだ。躯だけでいいと思っていた。

 しかし最近の篤志を見ていると、肉欲よりも違うものがわいてきてしまう。

 家族に向けるような・・・そんな、暖かい気持ちなのである。

 グラスを受け取った篤志は、何も映していないような目でグラスを見詰めている。

「・・・大丈夫か?」

 思わず口に出していってしまう。何回目になるのか解からない科白。

「・・・何が?」

 相変らずな篤志の言葉に溜息を吐く。

「・・・何でもないよ」

 その時、篤志の携帯電話の着信音がなった。

 無造作に放り投げてあったソレを手に取ると、ソレをみた篤志は気だるげに立ち上がる。

「帰るのか?」

 頷くだけで返す篤志に、瑞生は更に心配になってくる。

 その状態で大丈夫なのだろうか・・・。

 しかし、ドアから出て行く篤志を止めるでもなく、瑞生はその後姿を見送った。






 大学の前で新田を待つこと数分。

 時間どおりに出てきた新田は篤志を見つけるとニヤリと笑った。

「よお。ちゃんとメール見てるか心配だったぜ」

 篤志の肩に手を回す新田を静かに見返し、メールの返事を返していなかったことに今更ながら気が気付く。

 その時、目の前に見覚えのある姿が通り過ぎた。

「あ、おい、亮平っ」

 亮平は一瞥するだけでさっさと去ってしまった。

「・・・なんだ?」

 新田は訝しげに頭を傾けたが、篤志は亮平の後姿をいつまでも見詰めていた。

 亮平に会えるかもしれない、と期待していたのだ。

 少しだけでも姿が見れて嬉しいと思う自分に笑えた。

「・・・もう・・兄ちゃんは俺を見てくれない・・・」

 変に思っている新田に説明するだけだったはずなのに、言っているうちに篤志は哀しくなってきた。

「・・・話もしてくれな・・・っ」

 最期は嗚咽が混じって言い切れなかった。

 滲んできた目元を手の甲で強引にこすりつける。

「・・・そっか・・。お前、アイツのことが好きだったんだっけ」

 コクンと頷く篤志に、新田は頭を掻いていた。

「じゃあ、両想いってやつかぁー・・・」

 今から篤志を抱こうとしていた新田は溜息を吐き呟くようにして言った。

 しかし、その言葉が理解できなかった篤志は、ゆっくり顔を上げる。

「・・・え・・」

 少しだけ期待に目を揺らしたが、あの時の亮平の言葉を思い出して再び目を伏せた。

「・・・兄ちゃんは・・やっぱり俺のこと、嫌いみたいだ・・・」

 その言葉に新田は眉を顰めた。

 そんなはずはない、と。

「俺に構わなきゃ良かったって・・・」

 流れてきた涙をふく余裕など無かった。

「飽きられちゃったんだ・・・」

 弟という玩具に・・・。

 初めから亮平の気まぐれで始めただけなのだ。

 亮平が飽きてしまえばそれで終わりなのである。

 新田は泣きながら話す篤志に黙ったまま聞いていた。

 しかし・・・。

「・・・違うだろ。それは、アイツがお前に構わなきゃお前は変わらなかった・・・って事だろ?」

 篤志は意味がわからなくて新田をジッと見詰めた。

「いや、それが無かったらアイツがあんな風にならなかった・・・ってことかな・・」

 意味が全く解かっていない篤志に笑った新田は、その日篤志を抱こうとはしなかった。






 自室のベッドに座りながら、亮平はモヤモヤとする思いを無理矢理押し込めていた。

 今ごろアイツは新田に・・・。

 考えかけて途中でハッと我に返る。

 先ほどからそれの繰り返しだった。

 考えても仕方がない。もう、篤志には関わらないと決めたのだから。

 気持ちを落ち着かせようと、亮平は何か飲み物を探しに1階へ降りることにした。

 そのとき、丁度篤志が玄関から入ってくるところだった。

「あ・・・」

 篤志は亮平を見ると、気まずそうに目を泳がせると亮平の横をすり抜けていく。

 その腕を何故か取ってしまった。

「あ・・・何・・・?」

 恐る恐る視線を上げる篤志に、亮平は慌てて掴んだ腕を放す。

 自分でも何をやっているのか解からなかった。

 亮平は振り切るように篤志から離れると、居間へのドアノブに手をかけた。

「兄ちゃん、待って・・・っ」

 突然声を掛けられて動揺した亮平だったが、後姿しか見えていない篤志にはきっと解からなかっただろう。

 亮平は少し間をあけると平然を装った返事を返した。

「・・・何か用か?」

 声が硬くなってしまうのは仕方がない。

 何故か・・・緊張してしまうのだ。

 亮平がそんなことを考えているだなんて知らない篤志は、その声色に目を伏せるが新田の言ったことを思い出してもう一度顔を上げた。

―――じゃあ、両想いってやつかぁー・・・

 信じられないことだった。信じられないが、もしかしたら・・・。

 拳に力を入れて勇気を振り絞る。

「・・・もう・・・俺を抱かないの・・?」

 その次の瞬間、亮平はゆっくりと振り返った。

「・・・新田だけじゃ足りないのか?」

「違・・・っ」

 否定の声を上げたが亮平の射抜くような視線に思わず目を伏せてしまった。

 目の前が涙で滲み、口唇を噛み締める。

 篤志は何も出来ずにただ立ち尽くすだけだった。

 何を想ったのか、しばらくすると亮平が口をあけた。

「・・・ついてこい」

 ハッと顔を上げた時、亮平は既に階段を上がり始めていた。

「・・・うん」

 目許を拭った篤志は、亮平の後姿を見詰めながら頷いた。

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