#8
篤志は未だ瑞生の自宅へ来ていた。 もともと肉体のみの関係なのに、瑞生は篤志が訪れても躯を求めようとはしない。 しかし、求められても困る。今は亮平にしか躯を許していないのだ。 それなのに瑞生は篤志を迎え入れる。疑問に思ったことは何度とあるが、それを追及することはしなかった。 ここは居心地が良いからだ。 「朝食、食べる?」 やっと起きた篤志に瑞生は微笑って聞いてくる。 寝ていたにも関わらず、夜中にやってきた篤志を瑞生は微笑って家に入れたのだ。 「・・・食う」 口から出た声は掠れていた。だしすぎて枯れてしまったのだ。 もちろん瑞生と寝たわけではない。昨日の夜、亮平に抱かれたあとに家を出たのだった。 亮平と躯を交わした日は、決まって外へ出る。それも瑞生の家がほとんどだが。 亮平に抱かれたあとの家は凄く居心地が悪い。 あのまま自室に帰ることなど出来ないのだ。 新田と会った日。家に帰った篤志は一週間ぶりに亮平と躯を合わせた。 亮平から期待した言葉はなく、篤志を無言で犯し続ける。 「兄ちゃんは何で俺のこと抱くの・・・?」 コトが終わったあと、それでも期待を持っていた篤志が聞いた。 「・・・お前が抱いて欲しいって言ったんだろ?」 振り向きもしない亮平に、篤志はひとり苦笑して視線をそらす。 「・・・そうだったね」 結局、篤志の独り善がりだったのだ。 しかし、触れてもらえないよりはいい。話もしてもらえないよりは・・・。 その日から、篤志が求めれば亮平と躯を重ねるようになった。 「篤志?」 ハッと我に返ると、心配そうにしている瑞生が篤志の顔を覗き込んでいた。 しかし、何も聞かずにただジッと篤志を見詰めていた。 「・・・ごめん」 今は何もいえなかった。これ以上心配はかけたくない。 ここに来れば瑞生に気を遣わせてしまうということは解かっていた。矛盾している自分の行動だが、それをやめることを出来ずにいる。 「何が?」 笑ってトーストを盛った皿を置く瑞生に、篤志は首を少しだけ左右に振る。 いつも気付かない振りをしてくれるから。 昼過ぎの校内。ふと廊下を歩いていた亮平は、後ろから声を掛けられ振り向いたが、そこに新田の顔を見て眉を顰めた。 「・・・何の用だ」 亮平は、肩に乗っている新田の腕に目を留めると、叩くように振り払いそのまま何事もなかったかのように歩き出した。 「・・・んだよ。また何かあったとか?」 小走りによってきた新田は亮平の横に並ぶと苦笑いを浮かべながら亮平の顔を覗き込む。 それを一瞥で返す亮平に、新田は溜息をついた。 「ったく・・・。また篤志に当たるなよ?」 その瞬間、新田は驚いた顔で静止してしまった。 鋭い目で睨みつける亮平に、新田は全ての動作を止めてしまったのだ。 「・・・八つ当たりなんか・・・するかよ」 ボソリと呟くようにして言った亮平のその声でハッとした新田は、再び歩き出した亮平の横に小走りで並んだ。 「そ、そうだよな。お前らやっとくっついたんだって?」 そう言った新田に、亮平は怪訝な顔をして新田を見詰める。 「・・・何言ってんだ?」 見返された新田は、あれ?、と首を傾げる。 つい数日前に篤志に会った新田は、ついに二人は通じあったものと思っていたのだが・・・。 「だって篤志のヤツ・・・」 久々に篤志を誘ったのだが、会うことは会ったのだが躯の関係は一切無かったのだ。 ピンと来た新田が尋ねると、篤志は幸せそうに笑っていた。だから・・・。 「お前・・・? まさかまだアイツと会ってるのか!?」 襟許をぐっと掴れて喉を詰まらせた新田は、苦しそうに呻き声をあげ眉を中央に寄せた。 「ちょ・・・落ち着けよ・・。大丈夫だって。お前の大事な篤志くんを取ったりなんかしねェよ」 もうあの躯に触れないのは少し残念であったが未練は無かった。 それよりも二人が丸く納まれば・・・。 「・・・解からないだろ? お前も・・・アイツも節操がないからな」 亮平は新田を乱暴に突き放し、嘲笑うような表情を向けると再び歩き出す。 「おいおい・・・。俺のことはホントかもしんねェけど、アイツは・・・」 苦笑して新田が話すのだが、亮平はそれを掻き消すようにして口をあけた。 「どうせ・・・俺以外のヤツともヤってるんじゃないか?」 無表情のままで言う亮平に、新田は眉を顰める。 「おい?」 追いかけて亮平の肩に手を掛けた新田は、そこに視線を落としている亮平を見て息を呑んだ。 一途なまでの篤志の想いを知っているだけに、新田は亮平の言い草が気に食わなかった。憤怒したといってもいいだろう。 しかし、亮平の顔は・・・。 「・・・アイツが俺のことを好きなわけじゃないと解かってて抱いてる俺は・・・最低だな・・」 思いつめるようなその顔。今まで気づかなかったが、亮平も苦しんでいたのだ。篤志と同じように・・・。 「・・・何言ってんだよ。篤志はお前のことが好きなんだぜ?」 本当は篤志自身が言うべき言葉なのだろう。しかし、言わずにはいられなかった。 追い詰められた顔をした亮平を前にして、何とかしてやりたいと思わされる。 しかし、亮平の反応は冷めたもので、いつの間にか先ほどの表情のかけらも残されていなかった。 「・・・昔のことだろう。アイツはただの淫乱なんだよ」 吐き捨てるように言う亮平に、新田はつい腕を振り上げいていた。 気が付いた時には亮平が地に膝をつき新田を睨んでいたが、新田は手を上げたことを後悔していなかった。 痛んだ拳に力を入れて新田も亮平を睨み返す。 何故ここまで亮平は篤志を否定するのだろうか・・・。 「もう何も言わねェよ。・・・どうせ俺には関係ないことだしな」 新田は躯の方向を変えるとそのまま反対方向に歩き出した。 その姿を口唇を噛み締めて見詰める亮平は、拳を強く床に叩きつけると溜息をついて立ち上がり再び歩き出したのだった。 |
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